ラブキン准将は1958年に軍に入隊した.彼は1959年にホワイトハウス陸軍通信庁に入り,超最高機密取扱許可を持ってアイゼンハワー大統領,次にケネディ大統領の下で勤務した.彼はブルーブック計画をよく知っており,この計画が非常に信頼できる情報源をもとに科学性の高い特定のUFO事例を記録したと語った.彼らは空軍パイロット,海兵航空隊パイロット,何人かの外国人パイロットたちにより撮られた写真,そして複数のレーダー自動追跡報告書を再調査した.彼はまた,ロズウェル墜落事件から持ち帰られた金属片を見せられた.アイゼンハワー大統領の下で勤務していたとき,彼は大統領がUFOに強い関心を持っていることを知った.しかしまた,彼がこの問題について統制を失ったことに気付いたことも知った.

SL: スティーブン・ラブキン准将 SG: スティーブン・グリア博士

SL: 私は1958年にフィラデルフィアにある私立の男女共学予備校ジョージ・スクールを卒業し,その後軍に入隊した.上級歩兵隊訓練を終えて私は国防総省に異動した.そこで私は無線周波数工学事務所(Radio Frequency Engineering Office)に入った.そこも終えて,次は1959年5月にホワイトハウス陸軍通信庁に入った.私はアイゼンハワーの下で1959年5月から彼が政権を離れるまで,続いてケネディの下で1961年8月に私が辞職するまで勤務した.

私の任務は暗号処理[と暗号解読]を学ぶことだった.その処理の過程で,私はブルーブック計画[これはUFOを扱う]について多くを知った.ブルーブックは事務所でかなり公然と議論された.ブルーブックの多くの部分は議論のために公開された.また,我々に持ち込まれる案件もあった. 我々が訓練を切り上げようとしていたある午後,ホロモン大佐が金属片と思われる1個の破片を取り出した.それはヤード尺のように見えた.その表面には文字が刻まれていた.ホロモン大佐は,その文字を我々のクラスの一人ひとりに見せた(そのとき6人か7人いたと思う).この物体はブルーブック作戦に関係する事案からのものだと我々は告げられた.

彼らが言おうとしていたことは,こうだった.“見なさい,君たちがブルーブックで見てきたことを裏付ける物理的証拠がこれだ.今や我々はこの物質を入手し,君たちに見せることができる” そして彼はそうした.彼はさらに,その物質が1947年にニューメキシコで起きた地球外宇宙機の墜落に由来すると説明し,議論は長時間に及んだ.私の記憶に間違いなければ,我々はさらに約1時間をこの議論に費やした.翌日それが再び議論された.彼らは遺体,地球外知性体の遺体があったことを確かに話題にしたが,彼は遺体の様子を描写しなかった.3ないし5体の遺体があった...収容された数として私の頭に残っている数字だ.これが起きたとき,一人はまだ生きていた.

ディスクロージャー・プロジェクト:UFO/ET事実情報の公開 と 故ウイリアム・クーパー氏UFO/ET事実情報暴露講演の掲載
http://ameblo.jp/stageup-gate/day-20100910.html

Brigadier General Stephen Lovekin talks about Roswell

レーティング:
  • 現在は 5 段階評価の 0 つ星です。

表示: 67

コメント

コメントを追加するには、銀河連邦フォーラム のメンバーである必要があります。

銀河連邦フォーラム に参加する

© 2020   Created by 古谷 茂.   提供:

バッジ  |  問題の報告  |  サービス規約