阿弥陀す(अमितायुस् Amitāyus)

人生とは残酷なものである

人間は愚かなもので、

なくなって初めて

それがいかに尊いものであったかを知る


平穏な日々


当たり前であることの偉大さを。。。

でも、どうなんだろう?

本当に人は愚かで無力なのだろうか?

私たちは学びや気づきのために

真っ黒な底なし沼から

這い上がった後に得るであろう

愛という名の光を、我が光をみつけるために

わざわざ分離したのではなかったのでなかろううか?

支え合う仕合せを知るために

響き合う感動のために

私たちは2つとなった


人生を日本の四季に喩えるなら

あなたの葉は何色に彩られるだろう?

蕾も、実も付けず

ただ枯れ朽ちていく葉もあろう

それでも良いではないか

朽ち果てたあなたはやがて

腐葉な土に還り

新しい命の糧となる

腐った葉の腐葉土も

種にとっては、ふわふわの布団となり

不要なものなどことを教えてくれる

炎のように真っ赤なや

黄金色や茜色、蒼の葉で

秋の山は彩られる

その豊かな色彩は

あなたを映し出す万華鏡

「現実は小説より奇なり」

現実世界はあなたの内の深海の「絵」なり

「絵」とは糸(意図)に会うと書く


色んな色の糸(意図)を編んでいき

生まれ出るあなたの内的世界

それが目の前の拡がる玉手箱


編んでは出す

編んでは出す

そしていつか気づくだろう


編み出す我の内なる神の光に。。。

編み出す

阿弥陀す


※阿弥陀如来(Wikipediaより)

梵名 「アミターバ」(अमिताभ Amitābha)、「アミターユス」(अमितायुस् Amitāyus)

梵名の「アミターバ」は「無限の光をもつもの」、「アミターユス」は「無限の寿命をもつもの」の意味で、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう。

無明の現世をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることをしめす。西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)を持つ(東方は薬師如来)。

鎌倉時代以降、日本では浄土教の隆盛を受けて、阿弥陀如来に関連した単語や言い回しが登場するようになった。


*十八番(おはこ)

浄土教において四十八願のうち第十八願を本願として重要視することから、もっとも得意なことを指す。(市川家の家の芸歌舞伎十八番の台本を箱入りで保存したことからともいう。)


*あみだくじ

あみだくじの形は元々線を中心から周りに放射状に引いたものであり、それが阿弥陀如来像の光背に似ていたことからともいう。

*あみだ被り

帽子やヘルメットを後頭部にひっかけるように浅く被ること。上記と同じく見た目が光背に似ていることから。

*他力本願

努力しないことや無責任であることを表現するのに使われるが、それは本来の意味を誤解・誤用した語である。

他力本願とは、「他力」は他人の力をあてにすることではなく阿弥陀如来の力を現す言葉であり、「本願」とは人間の欲望を満たすような願いのことではなくあらゆる人々を仏に成らしめようとする願いのことである。

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