心の声  光と闇、善と悪という分離した考え方は必ず対立を起こすよ。

       対立からは摩擦が生じて争いになるんだ。

       例えそれが光とか善とかと言われる思いでもね。

 

 僕    君の言っていることにはやっぱり賛同できないよ!

       僕は光であり善になろうとして今まで頑張ってきたんだ!

       それなのに光になっても善になっても争いが終わらないってどういうことだよ?

 

 心の声  例え光や善の思いであっても、偏った思いから抜け出さなければ必ず闇とか悪を裁こうとするでしょ?

       そこには闇や悪が消えなければ世の中は良くならないって思いが必ずあるからね。

       それは言い換えると自分にとって都合の悪いものを排除しなければならないって考えなんだよ。

       自分にとって都合が良い世界を望んでいるだけの姿だね。

       その思いをどうすれば解消出来ると思う?

       それにキリストやブッダは一度だって何かと戦ったことがあるかい?

 

 僕    ・・・

 

心の声  難しい質問だったから答えられなくて当然だよね。

       じゃ質問を変えるけど、戦わない代わりにキリストやブッダは自分を迫害する者たちに

       どんなことをしたんだっけ?

 

 僕    赦して認めて・・・彼らの幸せを祈った?

 

心の声  そう、正解!キリストやブッダが自分を迫害する者たちを赦して認めて幸せを祈った時の意識が、

       光と闇、善と悪っていう二元性を超えるキーワードなんだよ。      

       さっき僕が言ったよね、光とか闇とか善とか悪とか分けて考えるからその間に争いが生まれるって。

       大切なのは何も分けないってこと。

       それら両方をキリストやブッダの意識、つまり慈愛の念で見つめるってことなんだ。

 

 僕    慈愛の念・・・で?

 

心の声  そう、慈愛の念だよ。光と闇、善と悪は二元性を表しているんだ。二つに分けた考え方だね。

       それらを分けずに、そしてどちらにも偏らないで神の意識ともいえる慈愛の念で見つめれば

       ひとつになるよ。

       光と闇と慈愛の念、善と悪と慈愛の念っていう風にね。

       二元性に慈愛の念が加わることでそれらはひとつになるんだ。

       これは三位一体っていって、すべてが揃った完全であり本当の姿なんだよ。

 

 僕    でも現実には闇や悪は地球から大切な資源を好き放題に奪い取って汚し放題だよ。

       そして僕らを騙してお金で支配しているじゃないか!

       それに戦争を起こして罪もない人々を巻き添えにして殺してる。

       そんな奴らは居なくならないと世界は平和にならないよ!

 

心の声  さっきも言ったと思うけど、地球は学びの場なんだよ。

       君たちの魂がたくさん学べるように母なる地球はその身を提供してくれたんだ。

       そしてそれは神が認めていることなんだよ。

       ビックリするかもしれないけど、君がさっき言った戦争や環境破壊、支配なんかも神は認めているんだ。

 

 僕    そんな馬鹿な!そんなことありえないっ!!

 

心の声  それがあるんだよ。

       戦争を経験しなければ学べないこと、環境破壊から学べること。支配された世界からしか学べない

       ことってあるんだよ。

       それには転生が深く関わってるんだ。

 

 僕    でも!

 

心の声  君は覚えてないと思うけど、必ず人はその転生の繰り返しの中で光と闇、善と悪の両方を

       体験しているんだ。

       どちらかに偏ることなんて絶対にないし、元々ひとつであって完全だった君たちが不完全を

       体験をしてみたくなって自ら選んだことなんだ。

       魂は常に学ぼうとしているからね。

       それに君は今は光とか善とかを選んでいるようだけど、前世ではどうだったかな?

       実際には光しか体験しない魂もなければ、闇しか体験しない魂もないんだよ。

       もちろん君も過去世では闇を体験したことがある。

       闇の側に立って戦争や略奪や搾取なんかも一通り経験しているはずだよ。

       彼らは今闇を通して魂の成長に必要なことを学んでいるだけんだ。

       この真実を知った今でも君は闇を体験している人達を、この先も裁き続けたいと思うかな?

    

 僕    ・・・僕が闇だった?悪だった?

 

心の声  繰り返すようだけど地球は魂たちの学びの場なんだ。

       それぞれの魂たちはそれぞれにとって今必要なことを学んでいるだけなんだよ。

       例えそれがどんなに闇や悪に見えるような行いであってもね。

       そして二元性の学びは君が終わらせたいと思った時にいつでも終わらせることが出来るんだ。

       慈愛の念を学ぶことによってね。

 

 僕    慈愛の・・・念?

 

心の声  もっとも慈愛の念を学ぶことも、二元性を超えることも簡単ではないよ。

       でも方法はある。

       例えば君が以前読んでいた本に「壊れかけたこの星にしてあげられること」ってタイトルの本が

       あったよね。

       あの中でエハン・デラヴィが師匠から「出会う人を全部私だと思いなさい」って言われたでしょう?

       それを続けていくうちに、他者に感じる全ての思いは自分だったんだって分かると思うよ。

       君はあの時途中で投げ出しちゃったけど。

       裁く者は結局自分自身の内側にあるものを感じて裁いているに過ぎないんだよ。

       それをミラーワールドとも言うね。

       自分がこうだと思ったことの全ては実は自分の心の中にあるものを他に写して見ているだけなんだ。              

 

 僕    嫌なこと覚えてるねぇーっていうか恥ずかしいから言わないで欲しいんだけど。

       まあいいや。でも慈愛の念っていうものがどういうものなのか今ひとつピンと来ないなぁ。

 

心の声  慈愛の念ってのは美しい景色を見て感じるもの、大切な家族やペットと共に過ごす時間、

       そして人の優しさに触れた瞬間に感じている感覚のことだよ。

       それはまさに神の御心をを体験しているってことなんだ。

       もし君が神の御心をを思い出すことが出来たなら、その時君は三次元という学びの場において

       自分を守るための争いを終わらせることが出来るんだよ。

 

つづく  

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コメント

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3:21pm の 4 月 29, 2012 にある もんもん丸 のコメント

僕はコメントを通してHatty☆さんの心から慈愛のエネルギーが流れてくるのを感じましたよ。

コメントをありがとうございました。

後編は今日中にもアップしたいと思いますので、よろしければご覧になってくださいね。

9:40am の 4 月 29, 2012 にある Hatty☆ のコメント

慈愛の念ってのは美しい景色を見て感じるもの、大切な家族やペットと共に過ごす時間、

       そして人の優しさに触れた瞬間に感じている感覚のことだよ

という言葉で慈愛の感覚がわかりました!ありがとうございます♪

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