時々、急に消えたくなる


肉体ごと消えたいこともあるけれど、人の前から消えたくなるという意味合いの方が強いかな?




空や大地、犬や猫などの身近な動物や鳥たちとの語らいは愛に溢れていて、自然体の素直な自分でいられる





でも、人との関わりとなると、そうはいかないもの



やれ、あの人は私がしたことについて、どう感じただろうか?と詮索したり、深読みして不安に押しつぶされそうになってしまう





訳の分からないことを呟く自分

驕りのある自分

醜い(見にくい)自分

劣っている自分

情けない自分





そんな自分をパソコンの削除ボタンで一括消去したくなる





でもね、それって、全~部、自分ひとりで創り出している妄想



だって、他者がどう感じたか?なんて、今のところの段階では、その人と入れ替わる以外には、わかりっこないのだよ



いずれテレパシーでのやりとりが普通になれば、他者の感情も手に取るようにわかるようになるだろう



そうなる前の、今は準備期間、予行演習をしていく段階なのだと思う





なぜ遠い昔、我々は二元化の道を辿ることになったのか?



それは自分を知るためであり、大いなる「ひとつ」の宇宙の根源の一欠片である我(割)がどんな個性なのか、それを見極め、純度を高めるためだったのではなかろうか?



自分を知る


それは我は「見にくい」ものであるからだ





自分とは何なのか?

どんな面(顔)をもっているのか?

色んな顔があるよね?

色んな面があるよね?



色んな手もあるよね?

清い手もあれば

汚した手もあるし

染まった手もある





そして、見にくい自分を知るために、鏡が必要となり、他者を生んだ



他と比較することで、その人とは違っている自分が炙り出される



それは、子どもの頃にやった、ミカンの汁で描いた絵(自分)を火で炙り出していくようなものだろう





本当は相手がどう思っているか?なんて、どうでもいいことなのだ



それなのに鏡の中の幻の他者の気持ちを知りたいのは、自分のある想いがが起点になっているからだろう





なぜ相手に嫌われるのが怖いの?

なぜ失敗をすると恥ずかしいの?

なぜ勝ち負けを気にするの?





それらの感情を掘り下げていくと、行き着いた先にはどんな感情があるだろう?



自分という存在を愛していたいからであり、大切にしていたいからなのでは?



それならば、あれこれ他者にどう思われているか?とか、過去を悔いたり、未来を案じたりするのは止めて、夜になったら全てリセットして忘れてしまえばいい



全て消してしまえばいい



夜の闇はそのためにあるんだよ



どんな人の前にも必ず朝日は昇り、新しい朝が来るのだから、何も見えない闇の中で、消してしまえばいい





しかし、今度は「忘れるのが怖い」という感情が湧く



ホント、人間って、どこまでも懲りない性分!



でもね、忘れるのが怖いと思っても、この宇宙が生み出す現実ドラマにおいては、必要なものは全て準備されてくるのだよ



例えば、暗証番号とかIDやパスワードも必要ない時は忘れてしまえばいい



必要な時にはそこに準備されて、ピョンと飛び出てくるよ



万が一、思い出せなくても、忘れた時のための手立てが用意されているよね?



ひょっとしたら、暗証番号とか、IDやパスワードなどでセキュリティを管理すること事態がみんなのニーズに合ってなくて、親切でないのかもしれない



みんなが暗証番号などを忘れてしまって、問い合わせが殺到したならば、このシステムは適切ではないとみなされ、改変されていくであろう



セキュリティの番号を忘れまいと執着するのは止めて、必要ないときは堂々と忘れてしまえばいいのだ





認知症だって、もう記憶するのが限界になって、本音は楽になりたかっただけなのかもしれない



それを病気という枠組みを設定してはめ込んでしまうから、ごちゃごちゃ余計な思考が邪魔して、滑稽な現実ドラマを生み出していくのだろう





忘れるって、幸せなことかもしれない

忘れるって、楽で快適なことかもしれないよ





さぁ、「忘却さん、こんばんは」と、今夜も堂々と全て忘れてリセットし、ニッコリ笑顔で眠りにつこう



誰の元にも必ず新しい朝の陽が昇るのだから。。。

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