「愛、愛・・・」と思いながら、お風呂に入ろうとしていたら、



「これも愛、あれも愛、たぶん愛、きっと愛・・・」と

懐かしい松坂慶子の「愛の水中花」が聴こえてきた。





「もう、なに?、なに~?」と

ため息ついていたら、



あ~、そういうことね





みんな愛なんよ





愛だの恋だのという愛ばかりじゃない

苦悩や試練も、みんな愛、きっと愛なのさ~





「愛の水中花」の歌の中にも、こんな歌詞が出てくる


「かわいた この花に 水をあたえてください」





人の身体の7割は「水」なわけで、乾いているから、争っているから、

花を咲かすことができない、輝くことができない



鏡が曇ってしまって、見えなくなってしまっているわけです





磨いて、水をあたえてあげることで、

霊(たま)は光り、活き生きとしてくるのです





何かに悶々として対立、「争」が起きていることも、

水に与えることで「浄」と化すのです。



「争」+「水」 → 「浄」化












そして、「愛の水中花」を歌っている松坂慶子さんは、

今年の大河ドラマ「花燃ゆ」では、

長州藩主・毛利敬親の正室、都美姫(とみひめ)役を演じていました。



とみ → トミー



富でもあり、子どものオモチャの製造・販売の企業「タカラオtミー」を連想しちゃいました(笑)





子どものように、無邪気に今を生きろってことなんだろうなぁ








ダジャレついでに、



「愛 編む」 = 「 I am I



そう、私「 I 」は、愛を編む人なのよ



ちなみに、籠(かご)も、編むというよね





私が「愛」ならば、「あなた」は何になる?



どひゃ~~、そうきたか~~(爆笑)





「You are 」は、「湯、あ~」だって~(^_^;)



お風呂のお湯が、あ~、気持ちいいの「あ~」だそう。。。





「愛 編む」で「水」の私が「あったかいんだから~」で、

あたためられて、「湯 You 」になるってわけ(笑)





まぁね、「愛の水中花」が聴こえてきた時は、

私はまさしくお風呂に入ろうとしていたとこでした~~ヽ(*´∀`)ノ







さぁ、さぁ、分離の時代を闘い、生き抜いてきた私に、

水をあたえてあげましょう♪







泥の中から這い出る蓮の花となりましょう!!











愛の水中花(昭和54年)

作詞:五木寛之
作曲:小松原まさし
唄:松坂慶子



これも愛 あれも愛
たぶん愛 きっと愛

だって淋しいものよ 泣けないなんて
そっと涙でほほを 濡らしてみたいわ
ひとりぼっちの部屋の ベッドの上で
ちょっとブルーな恋の 夢を見ている
乾いたこの花に 水をあたえてください
金色のレモンひとつ 胸にしぼってください
わたしは愛の 水中花
これも愛 あれも愛
たぶん愛 きっと愛

表示: 311

コメント

コメントを追加するには、銀河連邦フォーラム のメンバーである必要があります。

銀河連邦フォーラム に参加する

9:24pm の 10 月 30, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント
うわっ、阿閉さん、スゴいです!

阿閉さんの発想力と情報の引き寄せ力にはアッパレです(笑)

「愛の水中花」の歌詞の金色のレモンが、まさかここまで展開していくとは思ってもみませんでした。

あっ、でも五木寛之の作詞ですから、あり得ることだとは思いますが。。。

金色のレモンが、シトリンにイッサカル族、ユダヤ、秦氏、加茂氏に繋がるとは驚きです。

加茂氏で思い出したのが、京都の籠神社の宮司さんが、「海部氏はカモ氏です」と話されていたことです。

籠神社は表向きは豊受さんを祀っています。伊勢の外宮さんも豊受さんです。でも、本来の神様は伏せられているわけですよね。

私は、「愛の水中花」を歌っていた頃の松坂慶子のイメージを思い出してみました。

確か、世の男性にとっては高嶺の花であり、聖母マリア的存在であったように覚えています。

それに、「愛の水中花」が主題歌となったドラマの第一話のタイトルは、「引き裂かれた絵」で、引き裂かれた愛を連想してしまいます。

つまり、イエスとマグダラのマリアの関係です。

マグダラのマリアは元々は高貴な家の出身であったようですが、娼婦という汚名をきせられてきました。

この娼婦と、「愛の水中花」を歌うレオタード姿の松坂慶子が重なり合います。

あと、聖杯というキーワードも来ていました。

十字軍にカタリ派、そして、レモン氏という名前の王様もいたようです。

聖杯とは、神の子であるイエスの落とし子のサラをみごもったマグダラのマリアのことでもあります。

サラの子どもは日本に移り住んでいたという説もあり、その末裔が今のこの日本のどこかにいるのかもしれません。

その末裔を護っているのがヤタガラスなのでしょう。

ここで、秦氏や加茂氏と繋がっていきます。

さらに、レモンは「聖母マリアのシンボル」でもあるようです。レモンは救済や解毒の象徴でもあるようです。

金色に輝く聖杯に入れられた、絞ったレモン汁をたらせば、クンダリーニが上昇して、覚醒されて、娼婦から聖なる女神へと生まれ変われる。

そんな願いがこの歌に込められていたのかもしれませんね。

水中花に、河童の黄桜

河童も水を頭の皿(イエスの落とし子のサラ)に注ぐことで、生き生きとしてきます。

河童は乳の神様でもありますが、面白いことに、母乳を飲んでいる赤ん坊に断乳させたい時は、胸にレモン汁を塗るといいそうです。

阿閉三のお陰で、また新たな気づきに繋がっていきました。
ありがとうございます。


「レモンのお話」
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/2513527.html

「愛の水中花」レオタード姿
https://youtu.be/4sVRzMbtZ-M
6:50pm の 10 月 30, 2015 にある あべ のコメント

ありました!ありました!


「金色のレモン」は、秦氏かも(賀茂)??!


http://shinsengumi3.seesaa.net/category/8212294-1.html
によると


水上涼氏は「日本人とユダヤ人の秘密」で、次のような説を紹介している。


「始皇帝の宮廷にいた、漢文を駆使することができ、オリエント諸国の歴史にも通じていた
特殊技能者は[儒]と呼ばれていたが、それはジュウを意味すると鹿島氏はいう。
彼らこそ東洋における史書偽造のプロであった。
彼らの身元は、ペルシアに解放されたが、そのままペルシアに仕えたバビロンの虜囚の子孫か、
またはアレクサンドロスの軍に加わったユダヤ人のどちらかである……
鹿島氏は、始皇帝の正体はグレコ・バクトリアの知事だったディオドトスだというのだが、
のちに日本に来た子孫たちから判断するとユダヤ人だったらしい。
始皇帝がしきりに山へ行って犠牲を捧げるところは、
ユダ族よりイッサカル族を連想させるのだが、彼については奇妙な伝承が伝わっている……」


つまり、秦の始皇帝は、イッサカル族らしい。


秦帝国といえば、滅亡後、朝鮮で秦村を作り、その後、日本に渡り、
秦氏となったと言われている。


秦氏といえば、平安京(エルサレム)を作り、聖徳太子のブレーンであり、
一族の賀茂氏が、ユダヤ密教であるカバラ奥義を司るといわれる一族。

まとめてみると、「金色のレモン」とは、


レモンの原種であるシトロンであり、
シトロンを由来とする宝石シトリンであり、
宝石シトリンは、イッサカル族を表す。


イッサカル族の末裔は、日本で秦氏となる。
秦氏は、カバラ奥義を司る賀茂氏を一族にもつ。


つまり、


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
乾いたこの花に 水をあたえてください
金色のレモンひとつ 胸にしぼってください
わたしは愛の 水中花
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


とは、


今、乾ききった「私たち」が、
本当は、この世界は、「愛」に満たされていることを知り、
本来の「花」を咲かせるために、胸に搾って
もらう必要があるものは・・・・・


「金色のレモン」


つまり、イエスが再発見したと言われる
ユダヤ教の密教奥義である「カバラ奥義」。


その奥義を、「時を悟る者たち」である
イッサカル族の末裔:秦氏(賀茂氏)が、顕にし、
統一(融合)により、希望の王国を到来させる。


ということでは?????

いかがでしょう??


どなたか、近年の賀茂氏の動向に詳しい方、
教えていただけませんか?


4月に下鴨神社、10月に上賀茂神社の遷宮が終わったようですが。

4:50pm の 10 月 30, 2015 にある あべ のコメント

「わたしは 愛の水中花」

私たちは、「愛」という水の中で咲く「花」
なのですね!

私たちは、気付かないだけで、常に
「愛」という海の中に浸り、漂っているのでしょう。

周りに満たされている「愛」に気付いたとき、
素敵な花を咲かせることが、できるのかも?

ホント、なかなか気付けないですよねー。

これも愛 あれも愛
たぶん愛 きっと愛

なのに。m(_ _)m


作詞は、五木寛之さんなんですね。


ところで・・・・

「金色のレモン」って、なんだろう??

レモンの原産地は、インドのヒマラヤ山麓。
レモンの原種は、シトロン。
(ちょっとシトロンの方が金色っぽい?)
レモンの花言葉は、愛に忠実。

レモンクォーツをもう少し
ゴールドっぽくした石は、シトリン。

レモンクォーツ:精神や感情の混乱が鎮まり、悪い考えや妄想から身を守ってくれる。
        金銭を呼び寄せる。孤独と知恵を暗示する。
        水晶に硫黄が混入したもの。
シトリン:富をもたらす。困難や壁を克服する勇気や知恵を与えてくれる。
     夢や目標を叶えるために、努力を続けれるように、勇気づけ、サポートしてくれる。
     大天使ガブリエルの石。
     鉄が混入したもの。アメジストが加圧されたもの。
     名の由来は、シトロンの果実に色が似ているから。

シトロン・・シトリン・・・使徒鈴???

『ファウスト』の文豪ゲーテは著書「色彩論」の中で、
黄色を光に最も近い色だと述べている。

う~~ん。何だろう????


英語でユダヤ人は「Jew」、宝石は「Jewelry」

ユダヤ教の祭司長の「捌きの胸当て」には、12個の宝石。
12支族を象徴するもの。
実は、誕生石もこれに由来。
アメジストは、2月。シトリン(トパーズ)は、11月。

そして、シトリン(トパーズ)は・・・「イッサカル:報酬の意」

「イッサカル(Issachar)」:母レアから生まれ第5子。全体としては、第9子。

イッサカル族:
失われた10支族の一つ。レビ人のためにキシュヨン、ダベラテ、ヤルムテ、エン・ガニムの4つの町
を提供した。士師の時代には、イッサカル族のドドの子プワの息子トラが23年間、イスラエルをさばいた。
イッサカル族は、相続地の関係から、重要な場所をしめている。
イッサカル族には「時を悟り、イスラエルが何をすべきかを知っていた」かしらたちがいた。

第一歴代誌にはダビデの下に来たイッサカル族は少数派でしたが
「時を悟る者達」であったとあります。
彼らは天文学に通じ、天候の予測や1年を通じての収穫の時期など、
人々に時を告げる役割を担っていました。
しかしそれ以上にイッサカル族は時代という時を見ていました。
サウル王が死に、ダビデ王の時代になるのに先駆けてダビデの下に従いました。
それは「主のことばのとおり」(23節)とあるように神が既に預言されていたことであり、
これからの時代の流れをいち早く理解し、イスラエルの統一とダビデ王国の到来を先導しました。


時を悟る者たちが、統一と王国の到来を先導する????

© 2019   Created by 古谷 茂.   提供:

バッジ  |  問題の報告  |  サービス規約