私はアストラルトラベルが得意だと言われたことがある。



自分でも心当たりがあって、よく目覚めている状態で何かをしている間でも、どこか異次元のパラレルワールドへ意識が飛んで行ってしまっていると感じることがある。



しかも、過去の体験だと思っている記憶の中にも、よく考えてみると不自然なものが含まれていたりするのだ。


過去の記憶だと思っているのでなく、思い込んでいたと言った方が適切だろう。





それは、私がちょうど大学受験をしていた頃の記憶として思い込んでいたものである。



母方の祖母が老衰で他界し、私の大学受験の当日が葬式だった。


その祖母が他界する直前の1週間、私の家の隣の部屋で、布団を敷いて寝ていたという記憶があり、私の部屋とその部屋とは緑のレースのカーテンを間仕切りにしていたという記憶である。


緑のレースのカーテンの記憶はとても鮮明で、ずっと10年以上もそれが現実に起きた過去の記憶だと思い込んでいた。


ところが、母と話をしていた時に気づいた。


祖母が亡くなる寸前の寝たきりの状態で、2階の私の部屋に行くには急な階段を登らなければならず、どう考えでも不可能なのだ。





なぜ、そこまで鮮明な状態で有り得ない記憶が過去の体験として残っていたのだろうか?


ひょっとしたらこれ以外にも、あったものだと思い込んでいる過去の記憶があるかもしれない。






その後 色んな体験を通してたどり着いた先の結論は、




記憶というものは曖昧なものであり、いい加減なものであるということ。





そして、これを逆の視点から捉えてみると、こんな見方もできる。






今、目の前で起きたことさえも、本当は起きていなくて幻想なのかもしれないということ。



確かに存在するものは意識であり、見たもの、感じたものは三次元映像なる「ホログラフィー 」なのだ。





過去と思っている記憶、それすらも、「今」という瞬間に、過去だとされている記憶を思い出しているという体験映像を「私」という意識が観ているということになろう。



要するに、「今」という瞬間しか時は存在せず、過去も未来も「今」という時にすべて含まれているということ。



だから、「今」、この瞬間に思い出した過去、想像した未来は、幾つも存在することは可能であり、置き換えたり、有り得ない過去を思い出すということもあるわけだ。




「今」=「∞(無限大)」=「永遠の今」であり、毎瞬、毎瞬、リセットされていくのである

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コメント

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12:14pm の 10 月 14, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント

阿閉さん、素晴らしいコメントで、読みながら唸ってしまいました(笑)

この因果律という真理を、私たちライトワーカーのそれぞれの個性に応じた説き方で人々に伝えていく。

だから、私たちが分離して、いろんな個性を持ったのでしょう。

阿閉さんのお父様との関わり方による変化のお話は、とってもわかりやすい事例です。

父への想い」という現在の果が変わったとき、間違いなく、過去の因が変わり、父を許せるようになった。
そして、同時に現在の因が変わり、未来も変わっていく

私たちが持っている思い込みを外すのも、これが基本形となっていくように思っています。

「ある」のは今のここにいる自分、これが基点であり、揺るぎない普遍の真実なのですよね。

日月神示で語られている「チョン」も、このことなのでしょう。

今の自分を基点として、過去も未来も無数に無限にある。

自分を変えることでいかようにも過去も未来も塗り替えられる。

多次元存在であるわけだから、幾つものタイムラインでの過去や未来を、記憶や未来の想像として観ているはず。

そこを今まで伏せられてきたから、ある意味、闇側は洗脳しやすかったのでしょうね。

だから、自分が変われば目にうつる世界は過去も未来も変えられると腑に落とせた方が一定数を超えれば、一気に大変革が起きていくのでしょう。

そこに気づかれたくないから、闇側とされる存在は色んな手を使って阻止しようとしてきたのだと思います。

 

11:26am の 10 月 14, 2015 にある あべ のコメント

因果律という宇宙の法則も、実は、時間は今しかない

ということを言っているような気がしています。

過去の原因が、現在という結果を生み、現在の因が、未来の果を生む。

一見、抗いようもない時間という一方方向の矢を表しているように見えるのですが、

違う側面から見ると・・・・

現在の果と因を変えれば、過去も未来も変わるということ。

現在の果を変えることなんて出来ない!

現在の因を変えることなんて容易じゃない!

って思うかもしれませんが、簡単じゃないけどできないことはないって思います。

そして、誰もが、人生のうちで何度か経験しているんじゃないかと思います。

僕は、「父への想い」という現在の果が変わったとき、

間違いなく、過去の因が変わり、父を許せるようになりました。

そして、同時に現在の因が変わり、未来も変わっていくという経験をしました。

直接、変えることが出来る時間は「現在=今」しかない。

「過去や未来」は、今という時間を通して、間接的に変えることが出来る、間接的な存在。

その意味では、実は、時間というものは「今」しか存在しないというのも真理なのだと思います。

同じように、直接、変えることが出来る物質は、自分しかいない。

他人や社会は、自分を通して、間接的に変えることが出来る、間接的な存在。

その意味では、実は、物質というものも「自分」しか存在しないというのも真理なのでしょう。

「今、自分を変える」ということだけが、私たちに許された唯一の手段。

イエスの言う「自分がしてもらいたいように、人にしなさい」という言葉は、

単なる道徳ではなく、宇宙の法則に即した真理なのですね。

ちょっと、理屈っぽくなってしまいましたが、

この因果律の本当の意味を理解すると、

「融合・調和」というものを本当に実現する智慧が湧き出てくるように感じます。

闇に塗りつぶされた過去を、そして、未来を本当の意味で変えることができるのは、

人類一人ひとりの「今、自分を変える」ということだけ。

そして、闇に塗りつぶされた過去と未来が変わった瞬間に、

はじめに感じることは、おそらく、闇への許し。

これは、感動の物語という一面だけではなく、

実は、「許し」なくして、「今の自分を変える」ということはできず、

結果、闇の過去と未来を変えることはできないという厳粛な真理だと思うのです。

自由の王国、弥勒の世、肉体を保持したままのアセンション。

その世界を創り出すためには、「今の自分を変える」ことだけが、

唯一許された方法であるという森厳な真理なのだと言っている気がします。

5:30pm の 10 月 11, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント
ええ、そう思います。今という瞬間の連続は、まるでパラパラ漫画を観ているようで、瞬間の連続が映像となっていくわけですよね。
その中で過去の歴史というものも、こういうものだと思い込んでいるうちは自動生成されていくのだと思います。
それが、時は今しかないと思考だけでなく、意識下でしっかり認識できる人が増えていけば、ある日突然、実は勝者の歴史に改ざんされていて、本当の歴史はこうでしたと知らせられる日がくることになるでしょう
2:16pm の 10 月 11, 2015 にある 古谷 茂 のコメント

歴史が支配者の都合の良いように書き換えられてきたのと同様に、個人の過去の記憶も自分で作り出しているケースが多いのかもしれませんね。

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