数日前に、「嫉妬とは使徒」というキーワードが聴こえてきた

ちなみに「使徒(しと)」とは 、


狭義にはイエス・キリストの12人の高弟を指すが、それに近い弟子(パウロ、七十門徒など)にもこの語が用いられることがある。

広義には、重要な役割を果たしたキリスト教の宣教者(「遣わされた者」)および、その宣教者の称号である。

「嫉妬とは使徒」


なに、なに?

どういうこと?と思っていたが、こういうことのようである。

嫉妬という感情の根底には、使徒同士のお互いの思いが渦巻いているようである。

深い、深いカルマの解消がここに潜んでいたのである。

人はみな違っていい

違うからいいのだ

色んな特性がそれぞれにあるから、
補い合い、助け合い、響きあえる

嫉妬という感情も
自分をうつす鏡

嫉ましい感情、うらめしい気持ちの向こうには、


小さくなって、膝を抱えて泣いてる

大きな大きな君がいる

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