最近、常に足の裏から熱風(熱いというより暖かい)が出ているような気がする。
触ってみると熱くはない。むしろ手のほうが熱いぐらい。
スリッパを履いていると、その熱風が返ってくるのも感じられる。
なんだろう??

浄化されているとき、不浄なものが、足の裏から出て行くらしい。
浄化が始まっているのかな?

ヘミシンクのセミナーに行った時、恐怖や自己否定などのネガティブなものは、
イメージの中で作った箱の中に入れて、蓋をしてくださいと言われる。
ハイヤーセルフと繋がるために不要なものは、いったん、脇へ置いておくということらしい。
しかし、決してゴミ箱へ捨てるというわけではなく、
変化するまで置いておいて、変化したらまた取り込むと良いと言われました。

ヨガでは、不要なものは、体から出た後、
地球の中心へ向かうように、イメージします。
母なるガイヤが、喜んで浄化してくれると言います。
浄化されたものは、また還ってくる。

浄化、浄化って、堅苦しく考える必要はないのかもしれない。
潔癖症にならなくってもいいのかも。

「流れる水は、腐らない」という言葉のように、
澱まぬように流してあげるだけで、よいのかもしれない。


腐らせてしまって、不要廃棄物にするのではなく、
発酵させて、新しいものへと変化させるだけでよい気がする。

”闇”を自然が処理できないような廃棄物にしてはならない。
小さなものでも積もれば、また、住めない地球が待っている。
環境だけではなく、これは、自分という心の中でも同じなのだろう。
ゴミが溜まれば、自己否定に囚われ、住めなくなる。

発酵させる。
つまり、融合させ、新しいものへと変化させる(つまり、調和)しか、
もともと道はないんですね。

好き嫌いにかかわらず、それが、”循環”という
自然の 宇宙の 摂理なのでしょうから。

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コメント

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10:36am の 7 月 2, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント

そろそろ、自分がしてきたこと、自分自身のすべてを許し、受け入れる時期にきているんでしょうね。

私たちが溜め込んたもの、廃棄したものすべて、気づきという浄化のステップのための大事な糧であったのだと思います。ですから、この世に目にするものすべてはゴミでもなく、尊きものなのかもしれません。

だから、地球は拒否もせず、ずっと受け入れてきてくれた。みんながゴミだ害だと思わなくなった瞬間にすべてが輝くクリスタルとなるのやもしれません。

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