人間は生まれた瞬間から、
家族や世間の期待と言う、
重荷を背負って歩きつづける。

その重荷に苦しむのが、
"らくだの時"だと
ニーチェは言う。

だがもし、自分自身に目覚め、
背負わされた期待から
自分自身を解き放てば...

人間は"獅子の時"を迎える。
獅子となった者は言うだろう。
我は欲す、と!

獅子は、自分の周囲に築かれた
文化や習慣や価値観と戦い、
これを破壊しようとする。

そしてついに、
何ものにもとらわれず
ただ無邪気に無心に遊ぶ...

"おさな子の時"へと至る。
これがニーチェの言う
"超人"の最終形態である。

(メタルマックス4の初期イベントで読める本から。
ニーチェの発言だと探してみたが出典が見つからず断念)

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コメント

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9:38am の 8 月 13, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント
山口さん、素敵ですね!まるでニーチェが今ここで語りかけてくれているような気持ちになりました(^-^*)
「童子は無垢であり、忘却である。新しい発端である、遊びである。みずから回りいずる車輪である・・・・・」
この部分は、とっても心に響きましたので、手帳に書き留めておきました♪ありがとうございます(^▽^)
9:03am の 8 月 13, 2014 にある 山口 太郎 のコメント

世界人類が平和でありますように

Чирновский(lovingcirno)様

ニーチェは精神に関する次のような

有名な比喩を残しているようです。

「われら汝らに精神の三態を説く。

精神が駱駝となり、

駱駝が獅子となり、

かくて最後に獅子が童子となる」

「最初は駱駝のごとくあり、

次に獅子となり、

最後に童子とならん」

『ツァラストラはかく語りき』

に書かれているようです。

ニーチェはさらに

「童子は無垢であり、

忘却である。

新しい発端である、

遊びである。

みずから回りいずる車輪である。

第一の運動である、

聖なる肯定である。

そうではないか、

わが同胞よ。

創造の遊びには

聖なる肯定を必要とする。

かくして精神は、

いま、

みずからの意志を

意志するようになる。

世界を喪失していた者よ、

いま、

みずからの世界を獲得する」

と書いています。

ニーチェの思想の源流が

この一説にあるようです。

ご参考まで...

Чирновский(lovingcirno)様に主の無限の叡智を

10:11pm の 8 月 12, 2014 にある Chirnovski(チルノフスキー) のコメント

ゲームの最初の頃に読める文章ですが、探しても出典が見つかりませんでした。
戦車に乗って戦うゲームでこんな文章を目にするとは思いもよらなかったです。

8:58pm の 8 月 12, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント
いやぁ、とっても興味深い内容です!ありがとうございます(^-^*)
元は根源でひとつなのだから、真理もやはりみな表現方法とかは違えども、元はひとつなのだな~って改めて感じさせられました!

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