【転載】2010年6月24日ハヨピラ天空人報告会

天宮清さんが追加したコメントより

2010年6月24日ハヨピラ天空人報告会

昨年の6月28日、東京新宿で行った「第四回天空人報告会」終了後、天空人協会の佐藤修さんから「来年はどうしますか」と聞かれました。私は「来年はハヨピラに行きたい」と答えました。  しかし、何事も言うは易く、実行には困難がつきものです。いくつかの細かい困難はありましたが、それらを少しづつ解決して、一年前の希望が現実に近づきつつあります。

今日は、纏向と桜井の神社へ「神紋」の確認と撮影に行きました。その前後、ある道具を作りました。最初、娘のキャンバス立てを利用するつもりでしたが、長さの関係でリュックに収まらず諦めました。  この道具が何故必要かというと、野外説明会というものを行う場合、ただ口で説明するのではなく、資料を提示しながら説明するのが良いと思い、紙芝居のように見せる道具がどうしても必要でした。絵を手に持ってやればよいのですが、ちょっと見苦しいものです。一枚や二枚ならそれで良いかも知れませんが。  そこで、明け方、ふと三脚を利用することを思いつきました。つまりカメラを固定する小さなネジつきのプラスチック台と同じものを造って、それにフリップを立てる工夫をすれば良い、と思いついたのです。  

 

まず、家の中に、それに使える材料があるか、考えをめぐらせ、長い板状の木材の端を6センチほど切り落として、それをプラスチック台の代わりとして加工することにしました。道具箱にはもう彫刻刀もノミも捨ててしまってなく、唯一NTカッターが彫刻刀代わりとなりました。この作業が最も時間がかかり、手を切らないように緊張の作業で、なんとか三脚に収まる形が出来上がりまして、それに付属する木片や板、それらを接続する大小の木ネジを探し当て、何年も引き出しに残っていた水色のポスターカラーを塗って、その上から透明ビニールテープを貼り、出来上がりました。    

 

現地では、懐かしい同志が、例年の行事を行うようです。これは平取町から伺いました。我々はマムシに注意しながら、敷地の片隅か、時間をずらして、町からの注意事項を守って、参拝と報告会をやってきたいと思っています。  「2010年6月24日 ハヨピラ天空人報告会」このタイトルは、天空人協会の佐藤修さんの命名によるものです。

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2010年6月23日から24日未明にかけて、現地は豪雨でした。私は眠ることが出来ず、ジンギスカンをまねて、布団の上で九拝してから、しばらく伏して祈りました。突然雨の音が聞こえなくなり、目が覚めた4時、外が明るいので、すぐ支度をし、同行のご夫妻に「これからハヨピラに行って準備する」と告げてハヨピラに向かいました。私がゲート前に着くとご夫婦も到着したので、簡易祭壇を組み立てて、幕を張り、紙芝居のように独演的にハヨピラの意義を説明し、3人でアイヌ叙事詩一節を朗読。そして3人が3枚づつ古代宇宙来訪者の図形を描いて奉納。午前4時から6時までが晴天時間で、宿に戻ると再び雨となり終日雨の中を二風谷などを訪問しました。

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2010年6月24日「ハヨピラ天空人報告会」 のご報告

 平取町観光協会をはじめ、平取町と二風谷の皆様には、道中お世話になりました。私どもは無事各自の自宅に戻りまして、東京では会合にて報告会、私の住む天理では、このような報告文書の制作をしました。読んでいただけましたらと、ここに私の思いを綴らせていただきました。       天宮清

■6月23日  23日夜に入って雨音が激しくなった。9時頃床につくが眠れず、少しウトウトして目が覚めたので時計を見ると12時を過ぎていた。相変わらず雨音は激しく、とても止みそうにない感じであった。私は思案した。もし明日朝もこのまま雨なら、このホテルの部屋で舞台を拡げて撮影し、現地には雨に濡れても良い幕を張るだけにしようか、等と考えていた。雨の中を突撃して奉納品の埋納もできる、とも。「しかし、何か努力すべきだ」と自分に言い聞かせ、フトンの上で祈ることにした。突然、ジンギス汗が九拝したという話が頭に浮かんだ。私はフトンの上に座して九拝し、最後は伏したまましばらく祈った。と、突然気のせいか雨音が聞こえなくなった。それはそのまま続いたように思えた。  いつの間にか熟睡したらしく、目が覚めると窓の外は明るく、時計は4時を指していた。私は洗顔などを済ませて身支度を整えて出発準備をし、折り良く隣室の鎌田氏がトイレから戻ったので「準備に時間がかかるので、先に行っています」と言ってホテルを出た。雨は上がっていた。路面はかなり乾いていた。

 私はハヨピラまでの道を全力で歩いた。重量のあるスーツケースのゴロゴロという音が人影のない静まり返った町の中を進んでいく。  ゲイトからの坂は草が刈り取られてあったので、ズボンをぬらすことなく、広場に行けた。前日の下見では、「片隅でやらせていただく」という自分自身の申告にこだわり、オキクルミ像の前で行おうと考えていたが、やはり正面でやるべきだと思い直した。  使用する地面の大きな枯れ草を取り除いて平らにすることから作業は始まった。  シートを持ってくるのを忘れたので、まず折りたたみイスを出して、その上にスーツケースから出した物を置き、スーツケースの底にあった折りたたみ台2個を設置し、リュックから出した折りたたみ「祭壇」をその上に載せた。この長さ1.5メートルの板の上に、カセットテープの空き箱(Qから大量に提供されたもの)にアイヌ模様の紙を貼ったものを並べ、その中央の穴に国旗と顔写真の棒を差し込もうとしたが、棒を固定するために仕込んだ紙粘土が固まってしまったので、それを取り除くのが時間のかかる作業となった。四面に紙を貼ってあるので、あけ口のスキ間がなかなか簡単に見つからず、汗をかきつつ、また蚊の襲来を気にしながら、白く固まった粘土を取り出した。板の上にそれらを並べ、中央の穴に一本づつ国旗顔写真棒を差し込んでいった。やや斜めになったものもあったが、見た目にはそろった感じに見えるので、良しとした。

 その国旗顔写真棒の前に、この施設の成立に関係した人物と遺物の写真を並べた。これはすべて、家にあった材料で作ったものだ。  次にポータブルDVD再生器を載せる台を組み立てて、その上に再生器を設置し、三脚を2本立てて、一本を報告会用の説明図掲示板とした。三脚の1本をゆるめ、フリップがやや角度をもって安定するように調節。次にアンドロメダ星雲の写真を貼ったフリップ入れに最低限の枚数にした説明図を入れた。

 一通り舞台装置が整ったので、ゲートから入ってくる道を撮影しようと、ビデオカメラを手にゲートに行くと、向こうから鎌田夫妻がやってくるのが見えたので、彼らが入ってゆく様子を背後から撮影した。

 私の心の中では、「何かじゃまの入らないうちに、やろうとしていることを早めにきちんと済ませよう」という衝動があり、予定の順番にとらわれず、「まずやれる事」から順番に行っていった。  人数がそろったところで、最初に行ったのはゲート前に「ハヨピラ天空人報告会」の幕を張り、そしてアイヌ模様鉄骨門に「東京天空人報告会」に使用した二枚の幕を張って、それらを撮影した。

 次に、奉納品をどこに埋納するかである。前日の下見では、オキクルミ像下の大きな木の根元にしようと思ったが、やはり地面が硬かったので、階段を上がり像の後ろを見ると、掘れそうに見えた。まず軍手をした手で掘り、これなら行けると、鎌田氏が適当な木の道具を見つけて掘り始めた。私も石の破片でツルハシのように土に切れ目を入れた。三脚に固定したビデオカメラで様子を撮影した直後、穴が掘りあがった。そこに紫の風呂敷に包んだ奉納品を埋納し土をかぶせた。

 内訳は、天空人協会佐藤氏の論文集、シアトルの岡村氏の天空人賛歌、天宮作画・編集・鎌田さん印刷・ラミネート加工の「アイヌの文化神オキクルミ・カムイの物語」、レイニア山の石二個、の4点である。これらを1975年に京都で私が作成した木製の箱に収めた。  (25日早朝に天宮がその地面に異常のないことを確認した。またイナウの柵に下げた絵馬も異常のないことを確認した。)

 一通り手間のかかる予定作業を済ませたので、「ハヨピラ天空人報告会」を始めた。ビデオカメラを設置し、説明する姿が収まることを確認して、私によるハヨピラの説明が始まった。同時にポータブルDVDに「カライカラ・シンタ」を入れて再生、音楽と共にアーノルド事件からの空飛ぶ円盤史がはじまる。

 バスの車中で、鎌田氏にはこの場所についての説明などを行い、また彼は我々がハヨピラ建設に従事していた頃、日本全国をヒッチハイクで巡り、新聞にも取り上げられたとのことで、彼は未知の世界の探求や実戦活動には深い理解と経験がある。

 私が世界の文化英雄という分野に位置づけられるアイヌの神と、その神話の翻訳者金田一京助氏、そしてCBAによる建設を簡単に説明する中で、鎌田氏のそのような理解から発させられる感心の声も同時に録画されたので、まさに、受講者と講師という報告会の形になったことは、感謝すべきことであった。

 私のミニ講演が終わり、次に各自、私の鉛筆下絵をマジックでなぞる「儀式」となった。それを描きつつ、各自が描く姿に向けてビデオカメラでも撮影する。  出来上がった絵を石段に並べて撮影。

最後に用意したプリントを各位に渡し、「オキクルミ賛歌」の斉唱を行って、報告会は終了した。 以下が、金田一京助著『アイヌ聖典』から抜粋した「賛歌」である。

神伝 カムイ オイナ p89 アイヌ モシリ エサバネクル エネ クス アイヌ モシリ ピリカノ エヤム エキ ナンコン ナ

人間の国土 の長(おさ)たるべき人は 汝なれ ば、 人間の国土を よく 護(まも)り  居るべし。」

p93 エノネ カムイ ェバクノ カムイ リクン モシッ タ イサム ルヱネ

「汝の如き 神 汝ほどの 神は 天 国 に 無し。

大伝 ポロ オイナ アイヌラククル エネイノ カムイ エパクノ カムイ イサム ルヱネ ナ

アイヌラククル 汝のごとき 神 汝ほどの 神は あらざる なり。」

古伝 オイナ アイヌラククル エネワ アイヌモシリ エアニパテク エエプンキネ

アイヌラククルは 汝に て 人間の 国土は 汝 のみ 知り治むべきものなり。

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