幕末・明治維新から150年、いやもっと以前の遥か昔からの壮大なスケールの仕組みなのかもしれない。



プラス・マイナス・ゼロとなる地点に立つのが、原点(根源)であり、最も安定してながらも、無限大に可能性を秘めた躍動感あふれる豊かなる状態となる。



リセット(大立替)するにあたって障壁となるものをより少なくするための仕組み。



極端すぎる説かもしれないが、逆説的にみていくとオモシロいかもしれない!?



金融改革やエネルギー問題、生活の糧を得るために仕事をすることなど、人々の日々の暮らしにおいて想定される一切合切のことをひっくり返すにあたって、人々の混乱をより少なくするためには、ひっくり返った際に不都合と感じる人を出来るだけ少なくなるような状態にしておけば、大混乱やパニックはより小さくなるだろう。



極端論だが、低所得者層が多ければ多いほど金融改革が起きた場合には失うという恐怖よりも、皮肉にも負債が免除されるという安堵感を感じる人が多いかもしれない。



喰っていくために仕事をすると人は言うのだから、喰っていく心配を無くせば、やりたくない仕事を無理してまでやろうという人はいなくなり、心を病む人も少なくなるだろう。



そもそも食べ過ぎなのかもしれないから、1日三食、食べない方が健康的だという思想を広めれば食料危機の問題も小さくなるだろう。



あとはリセットが起きて一番混乱するであろう、いわゆる物理的に豊かなお金持ち、高所得者層の人たちは三次元的に見れば失うものが多かろう。



そこで、波動をあげて意識改革をするための時を要したのかもしれない。お金の価値が吹っ飛んでも、土地やその他の資産価値が水の泡となろうとも、何も失うものはなかったと感じられるところにまで持っていけるための準備が必要だったのかもしれない。

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コメント

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2:22pm の 10 月 22, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント

阿閉さんのお父様は素粒子論の大学の先生だったのですね。それを知った時、足元がゾクゾクとしました。

私が初めてスピリチュアルの本格的なセミナーに通った時の講師は、よく物理学に基づいた説明をされていたからです。

あぁ~、この宇宙の仕組みや目に見えない世界というのは、物理学も辿っていくと同じところに到達するだろうなって思っていました。ですから、今月、梶田氏がニュートリノでノーベル賞を受賞した時、これでまた真理を皆が知ることに一歩、近づいていく扉が開いたなって思いました。

阿閉さんは物理学を極めた方だからこそできる表現の仕方をしていかれるのでしょうね。

絵の才能が開花されたのも、プレアデスに還られたご両親の目に見えない世界での後押しがあったように思います。

阿閉さんの今後のご活躍が楽しみです(´∀`*)

1:47pm の 10 月 22, 2015 にある あべ のコメント


実は、亡き父は、素粒子論の大学の先生でした。
(無くなったとき、天皇陛下からなんとか章という
立派なメダルと賞状を頂いたんですよ!)


父に認められる物理学者になれなかったことが、
意識下と無意識下で、自己を否定する想いと
なっていたと思います。


1年半ほど前、不思議なご縁で紹介していただいた
ミカエルのチャネラーの方に見てもらったところ、
前世では、お互い物理学者で、
父とは、ライバル関係にあったそうです。


その時は、僕の方が勝っていて、
父のもう一度勝負したいという想いが、
今世で、親子として転生するきっかけになったとのこと。


そして、僕は、前世で物理をやりきっているので、
今世では、物理をシャットアウトしているとのことでした。


それを聞いたとき、魂レベルでの納得感があり、
涙が溢れて止まりませんでした。


物理は大好きだけど、いざ、
腰を入れて勉強しようとすると
どうしても、続かない。


物理学者としての父は、尊敬し憧れる存在でしたが、
どうしても受け入れられずに、反発してしまう。


その理由が、氷解しました。


その瞬間、もう一度、父に会いたい!話をしたい!
という懐かしい気持ちと魂の親友に出会ったような
気持ちが、湧き上がってきました。


父は、私に対する接し方を間違ったという後悔の念から、
死んだ後も、ずっと私に憑いていたそうです。


チャネリングと一緒にヒーリングもして頂き、
その日のうちに、父は、離れ、
プレアデスへと還っていきました。


僕の父とは母、二人ともプレアデス出身だそうです。


愛に欠けていた父は、プレアデスに還って、
待っている母と共に、3ヶ月間ほどの修行に入ったそうです。
その話を聞いたとき、ちょっと笑えて、
微笑ましくなりました。

12:10pm の 10 月 22, 2015 にある 獅子 ark 666 のコメント

阿閉さん、大学では物理学科を専攻されていたのですね。

う~ん、そのエッセンスが阿閉さんの絵にも溶け込んでいるように感じます♪

「働く」は、「端楽」、そうでうね、そういう捉え方も出来るのかとハッとさせられました。

この私のグラックユーモアあふれる皮肉的なブログ記事。

まだまだこれを読んでも、「何を言っているの?」と思われる方が多いとは思いましたが、幕末期に生きた志士の中で、この現在というタイムラインに転生してきている方はかなりの数に登るとも思いましたので、何かハッとさせられる人がいるだろうなとも思い文章に起こしました。

幕末の志士たちが本当に護りたかったもの、それを語ることはまだ時期尚早のようなので具体的人は言えませんが、この日本という国を諸外国から護るために仕掛けていったこと、それはまさいく宇宙の流れの中で目に見えざるものが彼らを動かしたからであり、ある地点で結実するようにすでに結果があって歴史という史実が起きていたともみれます。

民主主義という魔物は、どんどん平民を食いつぶしていき、奴隷化への道へ誘っていく。

企業主導で消費が促されるよう仕向けられ、皆が必ず通る冠婚葬祭に多大な費用がかかるようになっていき、日本の年中行事にも、やれ「〇〇の日」には贈り物という習慣化させていったのでしょう。

そんな中、古きよき日本を知る祖父母の世代は、働くことの本当の意味を口伝によって祖先から伝えられてきたのでしょうね。それに私たちの遺伝子には、何かのきっかけによって覚醒スイッチが入るようになっていると思います。

ひとりでも多くの人を弥勒の世へと導きたいという壮大な神仕組みが背景にあり、まさにこれから私たち日本人が黄金の宇宙時代へとみんなを導いていく大きな役割を担っていくのだと思っています。

11:52am の 10 月 21, 2015 にある あべ のコメント

僕も、昔から「働かざる者、食うべからず」
と祖父に教えられ、生きてきました。


そして、それは、僕の中で座右の銘として、
あらゆるものを超越する教訓として、
居座っていました。


就活のときも、面接でそれを言うと、
物理学科卒にもかかわらず、
常識があると思って頂けたのか分かりませんが、
とても、評判が良かったことを思い出します。


と言っても、良く思い出してみると、
家具職人であった祖父は、
仕事がなくなると、働かずに
お酒ばっかり飲んでいましたけど(…笑)。


食欲と言うのは、人間の三大欲求の一つ
と言われるように、とても強いもの。


特に、餓死した過去生を持つ方々には、
何にも変えがたい欲求なのかもしれません。


でも、「響きわたるシベリア杉シリーズ」で、
アナスタシアは、
「人間に必要な栄養は、全て、周りの植物が、与えてくれる。」
と言っています。


「植物は、人間のために存在している」
とまで言っていて、はじめは、なんて傲慢な考え方
なのだろうと思っていたのですが、
読み進めていくうちに・・・


植物たちの人間に対する「役に立ちたい!」という気持ちと、
それが、できたときの歓びを感じることができ、
支え合い、与え合うことの素晴らしさを感じたとき、


むしろ、自然から、宇宙から無限に与えられている
恵みをシャットアウトして、
人間だけで満たされると勘違いして
生きている現代の人類の方が、
よほど傲慢で、自分勝手なのだ
ということに気付かされました。


全て必要なものは、
もう既に全て与えられている!!


足りないと思うのは、宇宙から与えられている恵みを
拒んでいる自分自身の心から生ずる幻想。


岩上さんから教えてもらった
「太陽凝視」という太陽を数分凝視するだけの行で、
もう30年以上も不食で、元気いっぱいの方もいらっしゃいます。
僕も、たまにやって、エネルギーをお天道様からもらっています。


食べなければ、生きていけないというのも幻想。
働かなくては、食べていけないということも幻想。
自分で自分を縛り付けている足枷に過ぎない・・・・


もしかしたら、
「働いたら、食うに困らず」
なのかもしれません。


アナスタシアが言っているように、
人が本心で生きたとき、
魂の言葉に耳を済ませて生きたとき、
それが、本当に「働く」ということになり、
そうすれば、与えられている恵みに気付き、
受け取ることができ、
食うことなんかに困ることはないのかもしれません。


「働く」は、「端楽」であり、
端々まで、楽しさで埋め尽くされる
状態なのかもしれませんね。


僕の祖父の魂は、本当は、
そう言いたかったのかもしれません。


ゼロは、無限の可能性を秘めた最も豊かな状態なのです。


「ものごと」をプラス・マイナスと
決めた・分類した・整理した時点で、
その「ものごと」は、固定化され、柔軟性を失い、
エネルギーのない状態になります。
変えることの出来ない未来となります。


食べなければ、生きていけない。
働かなくては、食べていけない
と決め付けた時点で、その意識は、そのように、
未来の現実を固定化してしまいます。


本当は、今、この時点で、
必要な全てのものは与えられているのに・・・
それをプラスにするかマイナスにするかの選択は、
全て、人間に委ねられているのに・・・


いつ、いかなる時でも、
目の前に見える「ものごと」を
ゼロと見ることができる心(意識)こそ、
創造の原点。


その心(意識)を持ったとき、
はじめて、「ものごと」は、
無限の可能性を見せてくれます。


大切に、その心を慈しみ、育てていきたい。
見守り、導き、助けてくれますように!!(-人-)
ありがとうございます。

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