古事記・日本書紀によると,天皇家の祖先にあたる天孫「邇々芸命(ににぎのみこと)」が,その昔,天之八重多那雲を押し分けて,地上に降臨された(年代不詳)のが,鹿児島・宮崎の県境に連なる霧島連山の南端に位置する霊峰「高千穂の峰」の山頂であったという。今でも山頂に,そのとき地上を探ったという「天の逆鉾」が刺さったままになっている。
 高千穂の峰から,薩摩半島の先端の野間岬に至り,海に沈む夕日の美しさに感動し「この地こそ良きところ」と,詔り給い,近くの加世田に官居を構えられた。
 以後三代目まで住まわれたが,四代目の「神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれひこのみこと)」が薩摩隼人を引き連れて東征,大和に都を定め,天皇第一代「神武天皇」となられたとのこと。
 「ホメーロスの詩」にあるトロイが神話や伝説ではなく,実在していたように,この神話は実話かも知れない。しかし,今のところドイツ人シュリーマンに発掘されたトロイのように考古学上の証明はなされていない。

神 々 の 世 と 縄 文 人
http://www005.upp.so-net.ne.jp/a-kgs/Kamiyo.htm

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4:25am の 5 月 28, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

日本の国土を創造した【イザナギ・イザナミノミコト】の子供が【アマテラスオオミカミ】、その孫に当たる【ニニギノミコト】(饒邇芸命)は天孫降臨したあと、 笠沙の岬で【コノハナサクヤヒメ】(木花開耶姫)と出会って結婚 。2柱の間に産まれた子供がホデリノミコト(火照命)とホオリノミコト(火遠理命)、この二人は記紀(古事記と日本書紀)に登場する海幸彦と山幸彦である。

山幸彦(ホオリノミコト)は兄の海幸彦から釣り糸を借りて海の漁をしたとき、大事な釣り糸を海に落としてしまう。途方にくれて困っているとき、シオツチノカミ(塩椎神)が現れ、海神の宮(わだつみのみや)に行 くことを勧める。教えられた通りにしようと海岸にいると、海の中から亀がやってきたのでそれに乗って「海神の宮」へ連れて行ってもらう。

海中にあったと思われる「海神の宮」はオオワタツミノカミ(大綿津見神)の支配する世界、そこで娘の豊玉姫に出会い、楽しい歳月を過ごした後、探していた釣り糸をもらって帰ってくる。そこが今の青島神社のある青島海岸。その後を追って身ごもった豊玉姫がやって来て御子を産む。その子が後のウガヤフキアエズノミコト(鵜葺草葺不合命)である。

鵜(う)の羽で葺いた産屋 (うぶや)が出来上がらぬ最中に産まれたことからその名が付いたのだが、お産の最中、その中は決して覗かぬよう、山幸彦は豊玉姫から念を押される。しかし、誘惑に負けて覗いてしまったところ、ワニの姿に変身した姫の姿を見てしまう。悲しんだ豊玉姫は、そのあと海の路をふさいで、海神の宮へもどってしまう。

その代わりに養育係としてやって来たのが妹のタマヨリヒメ(玉衣姫)である。その後、成長したウガヤフキアエズノミコトは養育係のタマヨリヒメと結婚し、2柱の間に第4子として産まれたのが、 カムヤマトイワレビコノミコト(神倭伊波礼毘古命)、すなわち後に我が国初代の天皇となった神武天皇である。

http://www.y-asakawa.com/tansaku-2010/10-ryujinkei-seimeitai1.htm

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