古代文書に載る「荒覇吐神(アラハバキ)の図」

のんびりと、この風土記に目を通していたら・・・・なんだ・・・
『東風の肌を刺し北西風は大地を凍らしむ……。宇曽利とて、野猿・角鹿の啼く山野に野馬駆けめぐる・・・略・・・』…から始まる、この風土記…

・・・続いて・・・


『・・・略・・・奥州の馬に両種あり、西海に産るるを血干馬といふ。東海の駒は炎蹄馬とて今に呼ぶメリケン馬の祖なりといふ。

即ちはるけき古代にツボケ族のともに連れ渡りきせる馬種なりといはる。その証なるや、東日流古代人が用いし石矢先をもちて明らかなり。

石族の斯くの如き造作ぞ、メリケン、蒙古よりの渡来民の証とて…大事なり…。』
http://blogs.yahoo.co.jp/syory159sp/26565423.html

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5:34am の 8 月 5, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

古田武彦氏は、古田史学会報で次のように報告している。

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青森県五所川原市飯詰の和田家に推定一万点を越えるとされる先祖より受け継いだ、あるいは山中より発見された文書・遺物がある。文書は数千冊、遺物は一万点にも及ぶという(当主和田喜八郎氏談)。まさに「北の正倉院」とも称すべき様相である。中でも文書類は「和田家文書」と称され、その内容は津軽(東日流)の古代より近代に至る伝承などが記された一大伝承史料群である。その文書群の一つ「東日流外三郡誌」は昭和五〇年に『市浦村史資料編・東日流外三郡誌』として刊行されたこともあり、全国的に脚光をあびることとなった。刊行後、その史料状況や史料性格への誤解などから偽作視されることもあったようで、今日に至ってもそうした声は続いている。  私は昨年五月より四度にわたり、古田武彦氏らとともに現地調査に赴き、和田家文書に接することができた。その結果、和田家文書について多くの知見を得た。よって、和田家文書研究発展のため、ここに知り得たことを記し、また、同文書への言われなき中傷への反証を試みたいと思う。現在もなお調査研究中の対象であるので、不十分さや思い違いもあるかも知れないが、中間報告として本稿を発表することにした。本稿が和田家文書への正当な評価、学問研究に貢献できれば幸いである。

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5:34am の 8 月 5, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

東日流外三郡誌は、青森県五所川原市在住の和田喜八郎が、自宅を改築中に「天井裏から落ちてきた」古文書として1970年代に登場して、マスコミにも報道されて大きな反響を呼び起こした。学会は、否定派と肯定派に分かれて激しい論争が展開された。現在も真作説を主張する論者および真作説に好意的な論者としては古田武彦北村泰一笠谷和比古平野貞夫吉原賢二古賀達也水野孝夫[8]棟上寅七竹下義朗福永伸三大下隆司佐々木広堂前田準上岡龍太郎飛鳥昭雄高橋良典内倉武久松重楊江久慈力竹田侑子、西村俊一[9]佐治芳彦上城誠合田洋一などがあげられる。この中には大学に職を得ている者や著名人、政治家などもいるが、偽書であるという定説をくつがえすに至っていない。

 

 

5:13am の 8 月 5, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

東日流外三郡誌「つがるそとさんぐんし」を発見した森県五所川原市在住の和田喜八が、遮光器土偶を発見して四柱神社(ししゃ神社:田沢湖町生保内地区)に収めた。

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和田の元から新たにご神体が一つ、四柱神社(ししゃ神社:田沢湖町生保内地区)に加わったと人伝えに聞いていた。
それは「三千年前の遮光器土偶」とされていた。
佐々木(田沢湖町の旧家の当主)は、和田さんの説明によると、その遮光器土偶はつい最近、安藤氏の秘宝がある石塔山荒覇吐神社の洞窟から出てきたもので、出土した十二個のうち無傷の一個をよこすということでした。
青森県の鑑定もあるとのこと。 そんな貴重なものなら無料でもらうわけにはいかないということで、青森県の鑑定料にあたる七万円を支払った。
遮光器土偶を受け取りに行った氏子たちは、本物である証拠に見つかった洞窟を見せてくれと頼んだが案内してくれなかった。

http://sanpomichi114.web.fc2.com/tugarusotosangunshi.html

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上にリンクしたサイトでは、、『外三郡誌』同様の「偽造」であるとしているが、『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)には多くの不思議がまつわり、学界から強烈な「偽書」攻撃があればあるほど、それが重要な史料であることがうかがえる。

竹内文書もそうだったように、支配権力は自分たちに都合の悪い発見を敵対視して抹殺を図るからである。

4:48am の 8 月 5, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

これは、めがね組合が1982年に彫刻家の安藤菊男氏に依頼して建立したものだそうです。

http://www.aiweb.or.jp/megane/htm/junior/archives2013sp.html#sp18

それにしても。なぜ遮光器土偶か?熱田神宮とアラハバキの関係を安藤氏はつかんでいたのかもしれませんね。

2:15am の 8 月 5, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント
下記の記事を読んでいて、妊婦は新しい命を宿し、不思議な霊力が高まるとされていたのではないかと感じました!つまり、土偶はその妊婦をかたどったものではないかと思います。そして、この橋姫神社のご祭神でもある瀬織津姫をあらわしているのではないかと考えています。瀬織津姫は宇宙の母神でもあります。そして、ずっと裏に隠され続けてきた神であり、天皇家のご神事にも秘儀として関わってみえる神ではないかと思います。
そして、天照大神の荒魂でもあります。

http://kamnavi.jp/yamasiro/hasihime.htm

伊勢神宮の五十鈴川にかかる宇治橋の守り神として祀られている饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)の宇治橋鎮守神(うじばしのまもりのかみ)は、地元では「橋姫さん」と呼ばれ、親しまれているようですが、この神は元々、ここに伊勢の内宮ができる前からここの地主神であった土着の神様だそうです。
上記の山城の橋姫と、この饗土橋姫は同神ではないかと思われ、瀬織津姫だと思っています。
よって、これらのことから検証していくと、アラハバキは瀬織津姫と想定されます。
神は男女合一となっていますから、女性面が瀬織津姫、男性面がニギハヤヒとなるのではないでしょうか!?
12:15am の 8 月 5, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント
木造液のみ土偶を見ていたら、熱田神宮の眼鏡の碑を思い出しました。この眼鏡の碑は宇宙人を表しているって、噂になっています。
それから、青森市はかつて「うとう村」でしたよ。
http://m.blogs.yahoo.co.jp/marst28/61360815.html
11:17pm の 8 月 4, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

今、夢の中に登場したアラハバキ=遮光器土偶・・

明日はこれをじっくりと調べてみることにします。

11:14pm の 8 月 4, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

これ、駅なんですよ。駅に、超巨大な遮光器土偶が!車ちっけえ!

 実は、私はよく、この青森県つがる市の木造に用事があり、青森市からJRで出かけるたびに、JR木造駅にへばりついている、この圧倒的な存在感の遮光器土偶を幾度となく目にしていたのでした。

 ちなみに、この画像をお借りしました、木造駅のホームページはこちら

 ということは、ですよ。遮光器土偶であるアラハバキは、青森に関係がある、ということなのでしょうか???

http://icanrecall.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-4d8c.html

駅舎は「木造ふれ愛センター」内にある。外壁に遮光器土偶を貼り付けてある。この土偶亀ヶ岡遺跡から発掘された土偶がモチーフで、ふるさと創生事業の一環として駅舎に作られた。地元では「シャコちゃん」と呼ばれて親しまれている。以前は列車の発着に合わせて土偶の目を点滅させていた(「いらっしゃいビーム」)が、近年[いつ?]は「子供が怖がる」などの理由から点滅を自粛している。「巨大な土偶が出迎える迫力ある駅舎」として、東北の駅百選に選定された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%80%A0%E9%A7%85

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