銚子(ちょうし)塚古墳附(つけたり)丸山塚古墳

銚子(ちょうし)塚古墳附(つけたり)丸山塚古墳

銚子塚古墳は、笛吹川の左岸に連なる曽根丘陵の北麓(ほくろく)に位置し、前方部を東に向ける前方後円墳です。

前方後円墳は、上から見ると「かぎ穴」のような形をしています。
墳丘の規模は全長169m、後円部の直径92m、高さ15mで、県内で最大規模を誇る古墳です。
古墳時代前期のものとしては、東日本でも最大級です。

墳丘は後円部が3段、前方部が2段で築かれ、葺(ふき)石と埴輪(はにわ)列の外部施設を持つことから、ヤマト王権とのつながりが指摘されています。

古墳は昔の人のお墓で、埋葬された場所は、後円部の中央の「竪(たて)穴式石室」という、石で囲まれた空間です。
石室内からは、大量の「朱」と青銅鏡5面、碧玉(へきぎょく)製車輪石・石釧(くしろ)、鉄剣、鉄刀、南海産スイジガイ製貝環(かいわ)などが出土しました。出土した鏡には三角縁神獣鏡も含まれることから、古墳周辺の地域がごく早い時期に、ヤマト王権に組み込まれたことが想定されます。

また、銚子塚古墳の北東には、直径72mの丸山塚古墳(円墳)があり、この古墳も銚子塚古墳に続く、首長の墓と考えられます。

銚子塚古墳以降、古墳の規模が縮小していくことから、ヤマト王権において甲斐地域の重要度が低下していったことが指摘されています。

http://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/bunkazai/024.html

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コメント

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8:58am の 8 月 23, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント
吹き上げという地名を辿っていくと、なにか共通項が出てきそうですね!
皇居の吹上御所も宇宙基地だったのかもと思うと、とっても興味深いです!
8:49am の 8 月 23, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

金峰山 千代の吹上コース登山

山梨県笛吹市一帯が太古日本の重要な宇宙基地であった可能性はきわめて高い。

甲府城は、武田氏滅亡後に徳川氏と豊臣系大名によって築城されたとされるが、「舞鶴城(まいづるじょう)」という別名にその記憶が残されている。「笛吹市」は2004年に周辺の町村を併せて笛吹川にちなんで名づけられたとされるが、これも「吹き上げ」に隠された由来が潜んでいるのかもしれない。釈迦堂遺跡から大量の出土品が発掘されていることからも、縄文宇宙文明の拠点地区の1つであったことは確かだと思われる。

7:59am の 8 月 23, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

6:12am の 5 月 8, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

「富士山と八ヶ岳の背くらべ」(山梨県民話)

大昔、日本が中国大陸から離れたばかりの頃、陸は見わたす限りの大平原でした。その中で、ひと際高くそびえている山が2つありました。富士山と八ヶ岳です。
 ある時、富士山の女神の“浅間(せんげん)さま”と、八ヶ岳の男神の“権現(ごんげん)さま”が、「いったいどちらが高いのか」と、言い争いをはじめました。「わたしのほうが高い」「いや、わしのほうじゃ」と、お互いにゆずリません。
 そこで、2つの山の神さまは、木曽の御岳山(おんたけさん)の“阿弥陀如来(あみだにょらい)さま”に頼んで、背くらべの判定役をお伺いすることにしました。「さて、どのようにして比べたらよいものか…」阿弥陀如来さまは、考えこんでしまいました。
 何日も思案した末に、名案が浮かびました。「二つの山のてっぺんに、長い“樋(とい)”を渡し、水を流したらどんなものか。水は高いほうから、低いほうへ流れていくはずだ」
02
 背くらべの日、富士山も八ヶ岳も、ともに自信をもって胸をはりました。阿弥陀如来さまは二つの山に樋を渡し、さっそく水を流してみました。水は、富士山のほうへと流れていきました。大昔は、富士山よりも、八ヶ岳のほうが背が高かったのです。
 八ヶ岳は得意になりましたが、気の強い富士の女神さまは、悔しくてなリません。思わず八ヶ岳の頭を、ごつんと、なぐってしまいました。
すると、八ヶ岳の頭は八つに割れてしまいました。
この日から、富士山は日本一の山になリ、八ヶ岳は今日の姿になったということです。

 この逸話は、山梨県の大泉村に昔から伝わる民話であり、山梨県全域でも良く知られている話です。これには続きもあって、八ヶ岳は富士山に叩かれて痛くて悔しくて大泣きをしたようで、その涙が土に染み込んで泉になって湧き出たから“大泉”という名前が生まれたという説もあります。

 

6:09am の 5 月 8, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

磐長姫(八ヶ岳)と木花咲耶姫(富士山)

昨日の天下泰平さんのブログに八ヶ岳の民話が紹介されていました。しかも権現岳に祀られている神様のお一人が磐長姫だと・・・。 へぇ~、磐長姫なんだ~。それはなかなか面白い。
磐長姫といえば富士山に祀られている木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のお姉さん。容姿が醜かったために、ニニギに結婚を断られてしまった女神様です。
民話では、むかし、富士山と八ヶ岳が高さ比べをしたところ富士山が負けてしまい、悔しさのあまり富士山が八ヶ岳のてっぺんをたたき、それがためにその高い山は八つに割れてしまった(8つに割れたので八ヶ岳といわれるようになった)とされています。ということは、磐長姫にしてみれば、妹だけがニニギに嫁ぎ、さらに山を8つに割られてしまったってことになります・・・。
でも、磐長姫が祀られている権現岳(八ヶ岳)も高い山ですから、山頂に立つと、眼下には雲海が広がり、八ヶ岳の山頂と富士山しか見えないことがあるらしい・・・。そうすると、雲の上では木花咲耶姫と磐長姫の姉妹が静かに向かい合ってる形になるんですよね~。ずっと姉妹げんかが継続中なのか、それとも時にはお喋りに花を咲かせているのか・・・・。
今年、伊勢の神々と出雲の神々の融合をはかるためのご神事がひらかれましたが、富士山と八ヶ岳の大融合(磐長姫と木花咲耶姫の本気の仲直り)もそろそろあってもいい頃。
そんなことを思いながら、泰平さんのブログを読んでいたんですが、実は1年前、あるご縁で、表には出てこない日本の神話に詳しい方にインタビューをする機会をいただいたのを思い出しました。残念ながら、インタビュー全文はお出しできないのですが、磐長姫についてのお話もありましたので、その部分のみ紹介させていただきます。
*ただし、その方(Tさん)のお話は、古事記に出てくる神話とは全く違っています。ホントかホントじゃないのかは神のみぞ知る。信じるか信じないかはおまかせします。
下記の話題の前には、私は、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神様であるヒルコが何故不具の身体に生まれたのかを聞いています。その話のあとに磐長姫の以下のお話が続きます・・・。

3:34pm の 5 月 7, 2014 にある 獅子 ark 666 のコメント

上記の写真は、熱田神宮の奥社である一之御前神社(天照大神荒魂)の拝殿です。
この神宮の幾つかの摂社、末社を参拝していると、下の写真のように長方形の穴が開いてるのが気になっていました。

これ、鍵穴でしょうか?前方後円墳のカタチと関連はないかもしれませんが、気になったので。。。

あと、磐長姫はマグマのエネルギーを司っているように思います。

そして、ずっと闇に隠され続けてきた瀬織津姫(天照大神荒魂で宇宙の根源神)さんと同神であると思っています。

木花咲耶姫は表の自分であり、磐長姫は内側の自分を暗示しているのです。

最近、富岡製糸場が世界遺産になるのではと騒がれているのも、織姫である瀬織津姫さんが活発に動き出しているということを物語っていると思っています。

10:17am の 5 月 7, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

あははっ(^^)

神話や伝説には重要な真実が秘められているかもしれませんね。浅間神社は全国に100以上もあるそうですが、大室山を除くすべてはコノハナサクヤヒメを祭神とするそうです。

 

1 宇宙から降り立ったニニギノミコトは富士山を見て銀河連邦の宇宙基地に決めたが、その後に大室山を第二の基地に定めた。ニニギが富士ばかりに着陸するために大室山はヤキモチを起こして何度も爆発を繰り返した。そこで村の長が神社を設けてイワナギヒメをていねいに祀った。

2 ムー大陸沈没の後、地底に逃れたレプティリアンは、天変地異が治まって文明を再建し始めた地球人を奴隷化するために地上に出現して悪さを繰り返した。人々の窮状を救うために英雄が現れてレプティリアンを追放した。(そうなればいいなぁという願望の表現かも・・・)

こういう解釈はどうですか?(^^)

 

 

8:28am の 5 月 7, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

伊豆だより-8

<大室山の大蛇穴>

鎌倉幕府二代目将軍「源頼家」の時代のことです。

「大室山」の麓(今は「さくらの里」)にある大きな穴に大蛇が住んでいて、村人たちを苦しめていました。

村人は困って、「源頼家」が近くに来た時に、大蛇の退治をお願いしました。

「源頼家」は、家来の中でもっとも腕の立つ「和田平太」に大蛇退治を命じます。

案内人は怖がって、とても「和田平太」を案内することはできません。 後に引けない「和田平太」は、意を決して一人で洞窟の中にはいっていきます。

真っ暗の中で、光り輝く大蛇の目が見えます。 

「和田平太」は、火打石を取り出して火をつけます。 

大蛇は「和田平太」に襲いかかりますが、剣の達人「和田平太」は見事に大蛇を切り殺しました。

それからは、村人は幸せに暮らすことができるようになったのです。 良かったですね~。

この大蛇が住んでいた穴を「大蛇穴」と呼ぶようになりました。

このお話は、鎌倉時代の公式の歴史書「吾妻鏡(あづまかがみ)」にしっかりと書かれています。

本当に大蛇はいたのかもしれません・・・・。

8:22am の 5 月 7, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

<大室山の二人妻伝説>
むかしむかし、神代の時代の話です。とても仲の良い姉妹の神様がおられました。姉の名前をイワナガヒメノミコト、妹をコノハナサクヤヒメノミコトと云いました。妹は絶世の美女、一方、姉の方はあまり器量がよくありませんでした。
ある日のこと、ニニギノミコトと云う若い男の神様が妹のコノハナサクヤヒメを見て、一目惚れし
てしまいました。そこでニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父親である大山祇神(オオヤマズノ
カミ)のところに行き、『下の娘さんを、是非、お嫁に下さい』と頼みました。オオヤマズミノカミ
は『姉妹はとても仲がいいので、二人いっしょなら差し上げましょう』と云うことで、ニニギノミコ
トは姉妹二人を妻にしました。

ところが、ニニギノミコトは美しい妹のコノハナサクヤヒメばかりを可愛がり、姉のイワナガヒメをだんだん遠ざける様になりました。そのことが原因で姉妹の仲はだんだん悪くなっていきました。やがて姉妹はお互い憎みあうまでになりました。喧嘩もする様になりました。それを理由にニニギノミコトは、とうとう、姉のイワナガヒメをオオヤマズミノカミのもとに送り帰してしまいました。

やがて、実家に帰ったイワナガヒメは自分が子供を身ごもっていることを知りました。そこで父親
のオオヤマズミノカミは娘の安産と孫の無事誕生を願ってイワナガヒメのために伊豆の大室山に産
所(産殿)を建ててやりました。そしてイワナガヒメは無事丈夫な赤ちゃんを生むことが出来たと云うことです。オオヤマズミノカミも無事孫の顔を見ることが出来、目出たし目出たしという事ですが、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメは、その後も昔の仲良し姉妹には戻らなかったと云うことです。

8:13am の 5 月 7, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

「灯台下暗し」ですね(^^)

毎日のように見ている伊豆の山々にも縄文時代の歴史が残されていることを私が知ったのも最近です。

伊東市竹の台遺跡出土墨書土器の再評価

東伊豆のシンボルとされる大室山も、あるいは人工の古墳(=宇宙船発着場)ではなかったかと今考えているところです。

 

omuroyama10

大パノラマの眺望 大室山

 

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