明らかに計画的に整備された超古代都市の遺跡である。
Yonaguni
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4:18am の 10 月 6, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

与那国島「海底都市」驚異の偉容

「沖縄の海底遺跡を人工物ではなく、自然にできたものであると批判する人たちは、実際に潜水して調査したわけではないのです」
沖縄海底遺跡研究の第一人者、琉球大学の木村政昭教授はこう語る。

批判する人たちの意見のほとんどは次のようなものだという。
「この遺跡もどきの形態を見ると、極めて不規則であり、人間による建造物のほとんどに付随する対称的な構造が存在しない。直線構造があちこちに見られ、部分的には人工物であるような雰囲気があるが、全体の構造としてはあまりにも不規則である」

批判派が指摘するように、与那国島沖の海底遺跡は対称的な構造ではなく、そこに偶然あった岩を適当に削ったのではないかと思われるほど不格好な遺跡である。

だが、世界各地に目を向ければ、この遺跡同様、一見でたらめな印象の遺跡は少なくない。
例えば、南米ペルーのクスコ近郊にある「サクサイワマン遺跡」は、沖縄海底遺跡に酷似しており、その姿はジグザグの石組みが連なったような構造物だ。また、「オリャンタイタンボ遺跡」は人が登れないような大きな階段で構成されている。さらに、空中都市として有名な「マチュピチュ遺跡」の全体が不規則で、石組みも沖縄海底遺跡と共通する部分が多い。

4:16am の 10 月 6, 2014 にある 古谷 茂 のコメント

沖縄の海に記された神々の爪痕

1986年、この島の南側にある新川鼻(あらかわばな)岬の沖合い100メートルほどの海底で、明らかに人為的に造られたと見られるテラスや階段、排水溝らしきものが数多くが発見された。その後、発見した地元のダイバーによって遺跡ポイントと名付けられたが、それ以来、大きな反響を呼び起こすこととなった。そして、この海底遺跡を巡って様々な説が唱えられるようになったのである
グスクと呼ばれる城塞だという説、神殿、水中の墓、石切り場だったという説から、沖縄は、かつて地上にあった超古代文明の名残りだったという説まで、また与那国島の海底遺跡こそムー大陸の一部だったという説など、さまざまな熱き論争を巻き起こす火種となったのである。この、海底の巨大なオブジェは、東西約250m、南北150mにもわたる巨大な長方形をしており、高さは約25mほどもある。この規模は、実に、古代エジプトのスフィンクス石像をしのぐスケールなのである。また、これらの遺跡の頂上にあたる1メートルほどは、常に海上に突き出ている。そのため船が座礁する危険性があったために、地元の人も近づかず、これまで、遺跡が公にされることはなかったのである。

 その後の調査の結果、 この構造物には、城門、城壁、ループ状の道路、階段、排水溝とおぼしきものが次々と確認された。この水域は、海流が非常に強く、そのため、サンゴや海藻などが付着することがなかったので、遺跡の全体像がはっきりとわかるのである。

4:10am の 10 月 6, 2014 にある 古谷 茂 のコメント
9:48pm の 8 月 19, 2012 にある エササニ のコメント

このムー大陸に連なる遺跡は以前から私も興味があって調べて見ましたが、やはり1万年以上くらい前のものということで、アトランティスの1万5千年とちょうど同時期なので、ムーとアトランティスが全面戦争したという説が納得のいくところです。

3:55pm の 8 月 19, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

ペルー・アンデス山脈山頂の超古代都市遺跡

Terraces and steps: prehistoric rock-hewn structures at Sacsayhuaman (above) and nearby Qenko (below) in the high Andes mountains of Peru.
3:19pm の 8 月 19, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

3:18pm の 8 月 19, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

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