ジョージ・ハント・ウィリアムスンの足跡を追う--1

■英国王室の空飛ぶ円盤熱を伝えたのは誰か?
 不思議な記事がある。「フィリップ殿下、円盤の実在を主張!!」というものだ。CBA発行1962年11月号『空飛ぶ円盤ニュース』13頁に掲載された。情報の出典は明記されていない。エリザベス女王を含む王室家族の写真の下には “....I am sure they exist; all the evidence points to it. So many people say they have seen them...”(機械翻訳:「私は、それらが存在すると確信している;すべての証拠はそれを暗示する。そんなに多くの人々は、彼らがそれらを見たと言う」)とある。
 CBAが英王室から入手したのか、英国紙の報道によるものか、それを知る手がかりは、ここにはない。
2016年2月15日、私はウィリアムスンに関する幾つかの記事を読み比べていて、「もしかしたら、1958年のウィリアムスンと英国王室との会見に基づくものではないか?」との思いが生じた。ウィリアムスンが寂しく日本を離れた1年後に、この記事が出たのであった。それでは、これから謎の人、ジョージ・ハント・ウィリアムスンについて、私が身の回りにある資料から組み立てた考察を述べて行こう。まず私が当時36才のウィリアムスンを間近に見た、1961年夏から話を始めたい。
https://blogs.yahoo.co.jp/ttdkh395/48632142.html

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12:37pm の 7 月 10, 2017 にある 古谷 茂 のコメント

ジョージ・ハント・ウィリアムスンの足跡を追う--2
 私は1961年8月27日に東京有楽町朝日講堂において、宇宙友好協会(CBA)が主催した米国人文化人類学者ジョージ・ハント・ウィリアムスンの講演「大いなる前兆と驚異」を聴講した。
 講演会は、627の指定席をほぼ埋め尽くした約500名の見守る中、午後1時より会場をドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」が流れ、しばらく後、「ベンハー序曲」の勇ましい曲に変わって、開幕した。
 そして、何人かの挨拶や体験談のあと、私にとって、それまで書物でしか知らなかった、宇宙人との会見者、CBA代表松村雄亮氏が檀上に立った。私は初めて彼の姿を見、その声と語り口調を聞いた。ほぼ直立不動のまま、激しく怒りつつ、よく響く声で、会場における何事かのもめ事について語った。きわめて強烈な印象であった。私はその態度と口調を見て、小学校1年から3年までの担任だったクリスチャンの女性教師の厳しい口調を連想した。
 そして、午後2時40分、講演席から松村氏による「ニューエイジは円盤と共に訪れた」--吾等何を為すべきか--が始まった。以下はその記録である。

https://blogs.yahoo.co.jp/ttdkh395/48632429.html

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12:34pm の 7 月 10, 2017 にある 古谷 茂 のコメント

ジョージ・ハント・ウィリアムスンの足跡を追う--3

■Dr.George Hunt Williamson visit to Japan on 1961
1961年8月27日CBA代表 松村雄亮氏講演(旧知大石邦基氏の父、大石勝世氏による速記録より) 
 
空飛ぶ円盤はなんのために飛来するのか。米空軍ではアーノルド事件の直後、円盤研究機関を作っている。空飛ぶ円盤は大きな地震が発生した地域には必ず出現している。報告されたUFO目撃報告によって、空飛ぶ円盤には色々なタイプのあることが分かっている。
 UFO目撃の現場においては、いかなる優秀な観測機械や写真にキャッチしようとしても、周囲を取り巻くフォース・フィールドによって、空飛ぶ円盤の本体を明瞭にとらえることは困難である。これまで撮られた円盤写真約1万件のうち、3.269枚は米空軍がキャッチしたもので信頼されている。円盤の本体が鮮明に写る写真のほうがむしろ不思議である。
 なんの目的で飛来するのか、に関しては色々なデータがある。1956年英国上空における50機の編隊飛行、同年ヴァチカン上空における100機の円盤が飛来して十字を切った事件。これらは重要だ。

https://blogs.yahoo.co.jp/ttdkh395/48632538.html

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