清天宮 12頁 宇宙船としてのUFO-2

空 飛ぶ円盤が宇宙から来た宇宙船に類する乗り物ならば、当然、それを操縦する知的生物が想定される。しかし無数のUFO着陸事件は、ほとんど突発的で、乗員 から花束を奪われようとしたとか、水と交換にパンケーキを貰った、というような意味不明の内容が多い。彼らが“知性”ある存在ならば、そのような怪奇的な 現れ方、近づき方よりも、知的で計画的な接近があってもよさそうである。その
実例は確かにある。1958年から1959年にかけてパプア・ニューギニアにおいて英国人牧師と原住民多数による
UFO 目撃事件が続発した。それらはランプのような光、月のような円形物体、太陽よりも 明るい光、など典型的なUFO現象を示し、1959年になると、それらは目撃者たちに近い空間に現れた。1959年6月24日午後9時頃、パプア島ドナイ アイ山で、明るい光がたいまつのような長い尾をひきながら、山頂上空から目撃者の頭上を高速で飛行。雷のような轟音が一度聞えた。1959年6月26日午 後6時45分から10時30分の間、パプア島ボイアナイに円盤が飛来。円盤の上部に人影が目撃された。目撃者はジル神父をはじめ現地人牧師他住民35名 で、目撃者はその場で目撃記録を書き署名した。円盤は滞空状態のまま、ときおり降下したり、スポットライトを空に照射したり、上部の人影が移動するなど 様々な変化をみせた。1959年6月27日午後6時、パプア島ボイアナイ上空に大型円盤が飛来、ジル神父、教師、パプア人看護婦他住民多数が見守る中、円 盤の上部に4人の人影が現れた。目撃者はこう語る。「円盤の上部に人影が見えた。4人だ。たしかに人間だった…乗員の一人は、手すりにもたれて、こちらを 見下ろしていた。私が手を上げて振ると、驚いたことにその人影も同じ動作をするではないか。アナニウスが両手を上げて振ると、今度は2人が同じことをし た。アナニウスと私が手を振ると、4人とも手を振ってこれにこたえた。皆、大きな溜息をついた」①
大きな物体から放出 される小型の探査機とみられる飛行体は、しばしば火の玉のような自然現象的な外観を呈する。1951年11月2日米テキサス州上空においてDC-4旅客機 の乗員は、飛行機と同じサイズの飛行物体から全方向に火の玉ボールが発射されるのを目撃した。②これらの奇妙な緑の火球は
核実験に伴う放射性降下物を追うように、1950年代のネバダ核実験時代、全米で目撃された。
  UFOの乗員は古代における「神々」ではなかったかとする説がある。確かに、UFO の知性的な振る 舞いの中に、カトリックの総本山バチカン上空で十字を形成した編隊飛行(1954年11月6日③)は、UFOが宗教的施設に関心示した実例といえる。宗教 者にとっては、UFOの出現によって、教会の中に神を求めるか、空の中に主を求めるか、という選択を迫られることになるのかも知れない。
  1800年代より海洋を航海する帆船の乗組員は海中から現れる円盤を目撃し、殊にペルシャ湾やインド洋はその多発海域として知られ、海洋研究史において、 はたまた海上守護の民間信仰において、海中を自由に出入りする飛行物体や光り物の記録がある。高度な飛行技術を持つ宇宙からの地球探査があったなら、当然 地球表面積の約71.1%を占める海洋や海底は、それらの知的調査の対象となるだろう④。

表示: 574

このディスカッションに返信

23頁 古代のUFO-4
人類が狩猟生活から農耕文化へ移行し、都市国家を建設する過程で、「神」という謎の存在の関与が常に語られるようになった。人類最古の法典といわれるハン ムラビ法典は太陽神シャマシュから与えられたとする①。③はモーセが十戒を受ける宗教画。シュメールに見られる粘土板には神が鋤を王に手渡している②が、 人力によらない牛馬による鋤農耕は、農耕文化に飛躍的拡張をもたらした。マリ
Mari(B.C.2900-1759)の農耕神ダゴンDagonは「鋤の発明者」とされ、冥界の神、死者の裁判官といわれる。④「イヴリズ磨崖の浮 彫」:BC8世紀kodja-su川近くの岩に彫られたハッティ末期の浮彫には、葡萄の房と穂のついた穀物を持つ農業神がみられる。⑤は麦を持つ神。⑥は こうした農耕道具や栽培 植物の起源物語を現代風に描いた再現漫画である。

2008年9月14日奈良百年会館演題「アイヌと空飛ぶ円盤」要旨   天宮清

■UFО問題のあれこれ
 UFО、未確認飛行物体は、昔「空飛ぶ円盤」と呼ばれた。それは文字通り、円盤の形をした謎の飛行物体が世界各地で目撃されたからである。それは、飛行 機では出来ない飛び方や、無音で音速を超えるなど、地球の物理法則さえ無視するものだから、「円盤型の飛行物体は地球外から来た宇宙船に違いない。我々の 知らない法則で飛んでいるようだ」という認識が広まったわけである。
 初期の頃、人間の肉眼が誤認を犯し易いということで、錯覚説が幅をきかせたこともあった。しかし今日、レーダー面上における記録や、カメラやビデオといった映像記録の発達によって、それら「未確認の飛行物体」の姿形は、多くの大衆の知るところとなっている。
 それでも「百聞は一見にしかず」と通り、人の話やテレビ番組に映るUFОを何度観賞しても、自分の眼でそれらしき不思議な物を目撃するのとは、受け止め方に大きな違いがある。
 自分の眼で見てしまった以上、それまで“他人事”だった話題が、突如として自分自身の問題となって、眼前に立ち現れたことになる。
 “UFОに関わるのは、誘拐されそうで怖い”という方がいるかも知れないが、それはテレビ番組の見過ぎかも知れない。本来、UFО問題とはすばらしい世 界なのだ。彼等空飛ぶ円盤の搭乗者が現実に、地球に来ているとなったら、どういうことが言えるのか、その辺をよく考えてみるべきである。
 行き詰まり文明、未来の描けない社会にとって、恐らくは恒久平和への道を発見し、文明と人生に余裕をもった宇宙社会が現実に存在し、この宇宙の辺境小さ な地球にまで、足をのばしているとしたら、それはまさしく「人類の希望の星」と言えるのではないか。そうした宇宙人に対し、すがりたい思いになるのは、日 本の政治家ばかりではないだろう。
 少なくとも「目に見えない神様」たちよりは、目で見えるUFОたちのほうが価値は高いとは言えないか?この主張が正しいとすると、UFОの存在は全宗教に対する宇宙からの挑戦になるかも知れない。
 従来からの電波望遠鏡によるET電波探索は、自分達の頭上に広がる空の世界を素通りして、遙か彼方の天体に思いを馳せている。
 UFО目撃者たちは、現実の空の中に、人智を超えた飛行物体を観察し、その知的コントロールの中に、我々のレベルを超えた知性的意思を読み取ろうとしている。
 「電波」と「目撃」、どちらが正常な宇宙知性への接近方法か。議論が分かれるところだが、電波探索は一種“競争世界”の観を呈していないか。「誰が一番 先に、ETとの交渉権を獲得するか」というレースのようにみえる。これでは動機が疑われる。つまり、地球外技術を、他国により先に入手した者が世界を制覇 できる、というヒトラーに続く者の理屈である。いつまでも支配妄想にとりつかれていては本当の進歩には縁がないであろう。
 いわゆる、「UFО研究」には、様々な道がある。もう60年以上の歴史あるUFOLOGYユーフォロジーである。その間、欧米諸国に多くのUFО学者が 名乗りをあげ、膨大な著作物を発表し、各国空軍や民間における目撃・遭遇情報を公開しつつ、その奥にあるテーマの数々を提示してきた。
■UFОの起源、或いはその歴史
 「空飛ぶ円盤は昔から来ていた!」・・・これは40数年前、私の先輩達が探索した分野であり、彼らはUFО現象の記録が、人類の歴史と共に古いことを確認した。
 日本の古い都であり、神社仏閣に居住する文人達が集まっていた京都・奈良には、豊富なUFО古記録がみられるのはよく知られている。
 昔の人の見た未知なる飛行物体は、日本書紀を始め、日記、夜話、何々草、拾遺記といった文集に記載されている。それらは、創作ではない。見聞録のようなものだろう。舞台の多くは神社仏閣、また信仰の山が多い。例えばこんな具合である。
 法成寺(京都)では「大きな星と小さな星がうごく」、西源院(京都)では「異類異形の物」、金戒寺(京都)では「たくさんの光り物」、南禅寺(京都)も 同様。法興寺(奈良)では「紫雲或いは花蓋形の五色変化」、大神神社(奈良)では「日輪の如き物の降下」、春日山(奈良)では「音を出す黒い物体の飛 行」、東大寺(奈良)では「月ほどの赤い光物の飛行」、阿弥陀寺(奈良)では「金色の龍の飛行」、多武士峰(奈良)では「蓋の形の雲」、葛城嶺(奈良)で は「空中を行く龍に乗る人」、胆駒山(奈良)でも同様。
 似たような記述は、日本ばかりではなく、中世のヨーロッパにもあるし、中国大陸では『天文志』という特別な空の記録文書に集中的に記載されている。
 そして、更に歴史を遡ると、「空から来て、人々を教えた英雄」の物語にたどりつく。その時代では、もはや不明の飛行物というより、神々の乗り物とか、英雄が乗る空中船といった具合に認識されており、それらを含む壮大な物語を、我々は「神話・伝説」として扱っている。
 そうした太古の物語とは、古代人のたくましい想像力が生み出したものなのか、何らかの歴史的事実を反映したものなのか、ここでも解釈が分かれるところである。
 学者の中には、これら天と地の接触物語は、宇宙から来た文明人による原始人類の教育とする説もある。英国のUFО研究学者トレンチ伯爵は、天から来て、未開の人類を導いた文化英雄を「Sky People 天空人」と名づけた。
■「天上の人々」
 1960年代に旧ソ連電波天文学者でソ連版“オズマ計画”を推進させたイ・エス・シクロフスキーShklovskii著『宇宙人! 応答せよ』には、1959年のM.M(マテスト).アグレストの言葉として、こう紹介されている。
  「他の惑星人がかつて地球を訪問し、地球人と出会っていたならば、このような大事件は伝説や神話に必ず反映されている筈である。当時、地球に住んでい た原始的な人間にとって、これらの宇宙人は超自然力をもった神のような存在に見えたにちがいない。これらの不思議な生物は、おそらくは再び《天》にもどっ ていったであろう。そして、神話のなかでは、この《天》が特別な意味を与えられたに違いない。また、これらの《天上の人々》が地球人に手先の仕事や、とき には科学の基礎知識を教えたということも考えられる。これもおそらくは伝説や神話のなかに反映されているにちがいない。」
 アグレストの問題提供自体は、まったく合理的なものであり、綿密な分析に値すると思われる。周知のとおり、まだ文字を知らなかった諸民族のあいだで生ま れた神話や伝説は、大きな歴史的な価値をもっている。たとえば植民地以前の黒いアフリカの、文字を持たなかった諸民族の歴史は、伝説や神話を主体とする口 碑文学から大部分現在復元されつつある。
 1786年、有名なフランスの航海家ラ・ペルーズ(1741~88)は、北西アメリカのインディオを訪問した。100年後、この訪問を伝えた伝説や神話 を分析した結果、ラ・ペルーズの乗っていた軍艦の外見さえも正確に復元することが出来た。この例は、前に述べた宇宙人の訪問にもあてはまるであろう。原始 的な原住民にとって、ヨーロッパ人の最初の訪問は、あたかも空から宇宙人がやってきた場合と同じように受け取られていたからである。世代を経るにしたがっ て、事実はいろいろな空想によって多少とも粉飾されたが、しかし、根本的なものはそのまま残った。しかも本当の話に空想的なものを付け加えることは、民俗 学や言語学で知られている一定の法則にしたがって生ずるものだからなおさらである。
 こうした天から来た文化の祖は、日本にも伝えられている。記紀に登場する大国主命、素盞嗚命などは、文化の祖の面影を伝えてはいるが、特に空を飛ぶ具体的な乗り物、という形が伝えられていない。
 ところが、その飛行物体を鮮明に伝える物語が、この日本列島にある。それは今や北方に追いやられた日本原住民アイヌの伝える物語なのである。
■アイヌ文化の祖
言語学者金田一京助氏は、東京帝国大学の学生時代にアイヌ部落を訪れ、彼等が今に伝える伝承を取材した。伝承というものは、親から子へ、子から孫へと人から人へ伝えられてゆく。民族が絶滅しない限り、伝承は続くから、彼らの血液、遺伝子のようなものである。
 さて、我々は子供の頃に歌った小学校唱歌をよく覚えていると思う。たとえ歌詞の意味はわからなくても、だ。例えば「荒城の月」という歌がある。「はるこ うろうのはなのえん。めぐるさかずきかげさして」と我々は記憶しているが、歌っている当時はその意味がわからなかった。ところが大人になって、ふと歌詞を 思い出し、高殿で花をめでる宴会が開かれ、さぁさ一杯どうぞ、という具合に杯が人が人へ巡る、そこに月光が差す、ああ、この情景なのか、と気がつく。
 アイヌの伝承者は、親から聞いた言葉を正確に覚えて次に伝えた。たとえ意味がわからずとも、伝承者の家族は、囲炉裏のそばで、囲炉裏の縁をたたいて調子 をとりながら謡う親の言葉を何回も何回も聞いて覚えた。そのアイヌ語の伝承に出会った金田一京助氏は、伝承者から歌を聞き、それをローマ字で筆記し、「こ れで良いか」と伝承者に確認をとった。そうしたら伝承者はぶったまげた。我々の仲間でさえ、何回聞いても覚えないものを、この先生は一発で覚えた、凄い先 生だ、と。
 金田一氏のほうは、その構成が、あの世界的に有名なホメロスの叙事詩と同じであることに気付き、「アイヌとは、このような叙事詩を伝える優れた民族なのだ」と気がついた。
 しかし、金田一氏のやった仕事は、アイヌ語を正確に日本語にする翻訳であった。そこに何が物語られているか、その辺まで踏み込むことはなかっただろう。
 その翻訳された叙事詩を読んだ現代のUFО研究家が、「これは世界共通の宇宙人来訪の事実の反映ではないか」と解釈した、つまり何が物語られているのかを探り当てたのである。
■アイヌ伝承の中の空中機械
 ここで言うアイヌの伝承とは、「ユーカラ」或いは「カムイユーカラ」とは少し違う「オイナ」という人文神自身の語る物語である。
 つまり主語はアイヌ文化の祖といわれる「オキクルミ・カムイ」自身なのだ。東京帝国大学講師・文学士の肩書きで、金田一京助氏が大正12年(1923年)に出した『アイヌ聖典』「カムイ・オイナ」の冒頭にはこう記されている。
 「神の工(たくみ)の山城の 我を育てし山城の 東の軒 山城の西の軒
 日輪の象(かたち)をえがき、そのおもて 二重(ふたへ)の明光
 三重(みへ)の明光 差し延(は)へて 山城の際 照りわたり
 輝きわたる」
つまり、カムイの住む城には、今日で言えばネオンサインのような印が、同心円のように輝いていた、というのである。
 この「輝く同心円」というシンボルは、アイヌに限ったことではないらしい。というのは、九州の装飾古墳といわれる墳墓の内部には、この同心円を中心にした意味不明の彩色紋様が描かれているからである。
 そして、彼オキクルミ・カムイが敵地に赴くときに、使用したのが「シンタ」という乗り物である。 
 シンタとはアイヌ語で「揺り篭」のこと。赤ん坊を入れて天井から吊るす揺り篭のことだが、世界のどの民族でも、このように日常の道具や生き物の名前で、そうした神の乗り物を表現している。
 次の文句を見ていただきたい。
「アウンチセヘ わが家の
エンカシケ 真上に
オシンタアッテ  乗る所の神駕を 駐め」
※「シンタ」とは館の上空でホバーリングする能力を持つようだ。
「カニシンタ 金の神駕
オカヒケ 在りけるが
シンタウプソロ 神駕の内へ
アチェシタイキ われ飛び乗り
シンタヅカ 神駕の 柄を
アテクサイカレ われつかむ」
※「シンタ」とは、人間の身体を中に入れる大きさを持つもののようだ。
「カンナニシサム 天際に
チオリキンカ のぼりゆき
イマカケタ さて後に
ペケンレラネ 光風の如く
アツイソクルカ 海づらかけて
アマウノイェレ われ飜りゆく
ヅペシクシクネ 数々の波紋の如く
レペシクシクネ 数多の波紋の如く
ウラコチュプ 相もつれ
ウマウコノイェ 相もつれ」
・・・UFОを目撃した人なら、円形の物が、回転しつつ飛行する場合、「波紋の形がもつれながら」という表現に、「なるほどな」という思いを生じないだろうか。少なくとも私個人は、この個所を読んで、自分のUFО目撃を連想した。
 ちなみに「光風の如く」の解説を、金田一氏は「目にもとまらず、軽く疾く行く意」としている。
■アイヌラックルの装束
 「Aioina kamuiアイオイナカムイ」即ち「我々がいつまでも忘れずその人を云い継ぎ語り継ぐべき神」或いは「アイヌラックル」人間くさき神、 そして実名を「オキクルミカムイ」と言う、この存在は、いざ出陣というとき、何か鎧のような特殊な装束を身につけていたらしい。
 生身は危険なので、防御の衣服を身につける、というのなら、これはもう古代アイヌの人ではなく、どこからか来た文明人を思わせる。
「カニハヨクペ 金の鎧の
チキンネアラパ 両脚を蔽ひ
チクネアラパ 両腕を蔽ふ
カムイ ハヨクペ 神の鎧を
サナサンケ 取り出して
イコタララ 我に延ぶ。
ウプソロロケ そのふところへ
アオシキル 我入り」
ウオクカネクッ 金の合帯」
「トムサム カシ 胸のあたり の上
ミネ カネ さんらんと
イミカム カネ 著成し」
「オウフイアッヅシ 裾の焦げたる 厚司(と)
オウフイ カサ 兜(とを)
イコレ チキ 我に與へければ
裾の焦げたる 厚司を
我が着物の上へ打ち襲(かさ)ね」
※どうやら、オキクルミの衣装は、最初のつなぎ風の着衣(中に入るというから、着るというより、入るのであろう)の上に民族的衣装「厚司」を重ね着していたらしい。
 ここで「兜」という文字が出てくる。アイヌ語の「kasaカサ」は日常的な用語辞典にはないので、特殊なものらしい。
 ねま、ここで胸の部分について唄われるが、金田一氏の別著「アイヌの神典」によると、胸の板には唐草模様の刺繍があった、と伝えている。
 実は、この唐草模様を胸につけた縄文土偶が室蘭から発見されている。
 その土偶はあの眼鏡をかけたように見える遮光器土偶の系統に属するとそれていて、顔だけは素顔に見える。
 もし、この関連性が裏づけられるならば、アイヌの神話世界と考古学遺物とが、合流することになる。
 さて、オキクルミカムイの活動拠点は「HAIOPIRAハヨピラ」といって、沙流川の沿岸にあり、1962年から1970年にかけて、日本のUFО研究団体CBAが土地を買い取り、そこにオベリスクとピラミッドなどを建設した。私はその建設工事に参加した一人である。
 その後、人手不足で放置されたまま廃墟のように荒廃したが、近年になり、地元平取町に移管されて、町の手によって残骸が取り除かれ、生い茂っていた樹木も伐採されて整備されている。私の青春の思い出が、この北海道のアイヌ聖地にある。
 アイヌとはアイヌ語で「人間」の意味である。我々は人間らしく、生きるためにも、忘れ去られた古代日本の姿に、もう一度目を向けるべきと考える。

GFLJ5/11,2014:天使は人類を見守って活動を続けている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地球外知的生命体(ETI)の種類(グレア博士)

アストラル体または光の存在者(Astral or Light Beings) ● 地球起源のもの(以前に⽣物学的な⼈間であった死者) ● 地球以外に起源を持つもの(⽣物学的な地球外⽣命体の死者、またはコーザル体もしくはアストラル体の領域に起源を持つもののいずれか) コーザル体または思考体の存在者(Causal or Thought Beings)(主にʻ思考体ʼとして存在しているもの) ● 地球起源のもの(⽣物学的な⼈間の死者) ● 地球以外に起源を持つもの(以前に⽣物学的な地球外⽣命体であった死者、またはコーザル体もしくはアストラル体の領域に起源を持つもの)

ここで留意すべきことは、⾮⽣物学的な存在者 は、それが以前に⼈類であったか、ETであったか、それとも⾮⽣物学的起源を持つものであるかを問わず、⽣物学的⽣命体に対して、覚醒状態、夢の状態、瞑 想状態などを含む、多種多様な条件下で顕現することができるということである。⽂化とその発達程度により、また⾮物質的存在者を容認する程度に応じて、こ れらの実体は幾つかの名前で知られており、また様々な役割を果たすものと⾒なされている。その⼀部をここに列挙する: ● ゴーストまたは精霊(Ghosts or spirits) ● 指導霊または天使(Spirit guides or angels) ● ⼤天使(Archangels) ● 悟りに達した天界の存在者(Ascended enlightened beings)(神の化⾝(Avatars)、キリストやクリシュナなどの預⾔者) ● 惑星の⾃然霊(Planetary Nature Spirits)(ヴェーダの伝統ではデーヴァス(Devas)として知られる) ● 動物霊(Animal Spirits) ● その他、きわめて多数

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アダムズ山でコンタクト活動を続けているジェイムズ・ギリランド氏は、毎日のように宇宙船とコンタクト活動を行っているが、聖母マリアを始めとする地球外知的生命体(ETI)の訪問を体験し、撮影に成功したと報告している。

清天宮 詳 しい説明文がなくて申し訳ありません。賢明なる日本人ならば、おおよその見当はつくものと存じます。人類は紀元前の昔から「神の来臨」を想定した限られた 時間の中で、感謝と祈りを込めた祭、儀式、祭典などを執り行ってきました。そこにおける「主役」は、「空」から来る、遠い海から来る、と信ぜられ、その形 を伝統的に守る家系を成立させ、現代にいたる様々な営みを継続させました。しかし、木の文化は風水害と時間により朽ち果て、その隙間に生きる人間の精神も 朽ち果てようとする21世紀となりました。果たして、それは如何なる未来を構築するのか、大いに不安がらせるものです。

清天宮 「雲」 として表現・報告される空中の存在は、しばしばUFOの代名詞のように各種の異常現象報告にみられます。つまり、実際のUFOはCG画像のようなSF的飛 行物体ではなく、雲や月に類する、あまり目立たない現象が多く、それを問題視して観察する者の眼に「その特性」が表示されます。その顕著な報告はロシアに みられます。ロシア人の観察と報告は、おそらく世界一だと思います。なぜロシア人が客観的科学的な測定を含むUFO報告が書けるのか、私はゲルマン系民族 とスラブ系の違い、そして日本人と他の東洋人の違いというテーマを探索し、UFO知性による地球計画の内面を模索しています。

窓つき葉巻型と銅鐸の比較

イースタン航空Eastern AirlinesDC-3:1948年7月23日アラバマ州Alabama Montgomery上空を飛行中のイースタン航空チャイルズ機長Captain, Clarence S. Chiles とホワイテッド副操縦士Co-pilot,John Whittedは、葉巻型物体と遭遇した。

清天宮 民間機とニアミスした円筒形の飛行物体
-イースタン航空事件-
  マンテル事件から六ヵ月後の1948年7月24日の夜、ジョージア州ロビンズ空軍基地の上空で、蛍光色の輝きを放つ円筒形の物体が目撃された。40分後に は、バージニア州ブラックストーンの上空で一パイロットが、尾を引きながら南西方向に向って、恐ろしいスピードで飛んでゆく物体を目撃した。

  午前2時45分、C・S・チャイルズ機長とJ・B・ホイッテッドは、イースタン・エアラインの第576便を、ヒューストンからアトランタに向けて操縦して いた。そのとき、ホイッテッドの報告によれば、「我々は一つの物体が接近してくるのを目撃した‥‥この奇怪な物体は、尾部から赤い炎の流れをだし、私がこ れまで見たり読んだりしたいかなるものよりも、はるかに大きい物体であると見てとることができた」
 晴れた月夜だったので、視界はすばらしかった。そのときチャイルズは、怪物体が翼でささえられていないことに気付いた。
 「それはわれわれの右側を通過した。速度は毎時約700マイルだった」
二人ともこの異常な物体を、はっきりながめることができた。
「長さは約100フィートで、葉巻型をしていた。上下二列の窓が並び、それぞれの窓は大きくて四角だった」
 窓の内側からは“すごく明るい光が輝きでていて”また船の下側は蛍光のように“青く輝いて”いるのを見てとることができた。通過するにつれて、怪物体はしだいに上昇し、ちぎれ雲のなかへ入って視界から消え去ったという。
 「音はまったく聞えず、怪物体からはなんらのあおりも受けなかった」と二人は付け加えた。
 目撃者はもう一人いた。旅客機の中で目を覚ました乗客のクラレンス・マッケルヴィである。署名入りの手紙の中で、彼はこう描写している。
  『男の乗務員が私にこういった。あなたは窓の外を見ていらっしゃいましたね。「私は何かが飛びさっていった」と教えてやった--それは桜色の炎をお尻から 吹きだし、葉巻に似た形をしていた。窓の列が見え、向こうのほうにすごい速さで飛んで行った。音はなかったというより、飛行機の爆音のために聞えなかっ た。怪物体はアッというまに消えさった。‥‥それは機体の右側を水平線のほうへ飛んで行った。』【ロバート・エメネガー著から】

清天宮's photo.

Yoshiyuki Wakabayashi こうして見ると、周囲の三角紋は光輝く飛行物体=神の乗り物を表現した祭の道具だったのかも。

銅鐸は、弥生時代の村々に祭祀として用いられた。
水の神を祀ると考えられている(干ばつ、洪水)。
時代とともに銅鐸文化圏は拡大し、3世紀初めに最盛期を迎えた。


初期の銅鐸は鐘のように音を鳴らすものであったが(聞く銅鐸)、次第に大型化し装飾的になり見せるためのものになった(見る銅鐸)。
いずれにしても、使用時は磨いて新しい10円貨幣のようにピカピカに輝いていただろう。
大型の“見る銅鐸”(突線鈕式銅鐸)は270年頃に2つの形式、近畿式銅鐸と三遠式銅鐸に分かれた。
三遠式銅鐸は、それまで銅鐸のほとんどなかった三河、遠江に急速に広まった。

Takahiro Takeuchi これは何を意味してるんでしょうかぁ??

清天宮
清天宮 下 はイコン「聖画」の一種でルーマニアに旅行した旧知の撮影によります。キリストと聖母が円い中に描かれて、空中に置かれる形を崇拝するための道具とみるこ とが出来ます。彼らの親分である「エホバ」は偶像を否定しましたが、人間という物は何かを崇拝しようとするとき、目標になる「かたち」が必要です。仏像の ような偶像を拝むのも、このような平面的な絵画を拝むのも、人間が大きな力を頼みとする現世にあっては、必然的な営みといえます。われわれは、空飛ぶ円盤 と宇宙母船を歓迎するという認識と、その大いなる叡智に導かれんとする願望によって、現代を生きています。
清天宮
清天宮 はい、ご説明します。上はタッシリの岩絵で、円形の中に人物がみられます。同様の形は他の民族にもみられます。丸い物体とそこから出る人物の組み合わせです。この「かたち」が祭りのテーマになったかと思える写真を添付します。
清天宮's photo.

UFO's have been depicted in art during the Renaissance also going back thousands of years. Were these unrelated artists Ancient Alien enthusiasts, did they have secret knowledge, or were they also trying to depict something they did not quite understand?

Full Album:
http://facebook.com/media/set/?set=a.257737467708414.1073741835.127261204089375

Check out "In The Beginning : The Epic of the Anunnaki" - A Science-Fiction Graphic Novel based on the Ancient Astronaut theories, visualizing the Anunnaki, their journey from Nibiru to Earth, and their interactions with humanity's genesis.
Watch the Trailer: https://youtu.be/Pui1bhuhfjs
Website/Get the Book: http://InTheBeginningTheBook.com/
Facebook: http://facebook.com/InTheBeginningTheBook

In The Beginning : The Epic of the Anunnaki - Trailer

http://InTheBeginningTheBook.com/
Ancient Legends, myths, and religions from around the world have spoken of gods and angels, not always in the spiritual sense, but actual flesh and blood beings interacting with mankind. Many of these ancient cultures had vast knowledge of mathematics and astronomy, attributing their knowledge as being handed down from the gods. Who were these god-like beings, known to one of the oldest civilizations, the Sumerians, as the Anunnaki? This two-part story starts with an amazing discovery in the present day that takes us back hundreds of thousands of years. Follow the Anunnaki on their ancient astronaut journey From Nibiru to Earth and their interactions with humanity’s genesis.

Facebook: http://facebook.com/InTheBeginningTheBook

Exopolitics Japan

自然の恩恵に感謝し、目くるめく美しさに感動し、花咲き乱れる野原に嬉嬉として遊び、動植物の生態の中に計り知れない精緻な仕組みをみて畏敬する「意識」こそ、人間の証であって、それはまさに宇宙の中に「美しいもの、崇高なもの」を求める本能の故であろう。
 未知なるUFОの目撃体験も、人間の原初的本能、もしくは宇宙起源的動機を無視しては語れないものである。そこにこそ機械ではない、無限の個性を表現させる生き物としての人間の、存在価値があるというものだ。
It is impressed by dazzling beauty in appreciation for blessings of nature, only "Consideration" that plays joyfully in the field that blooms all over, sees an exquisite mechanism inscrutable to the ecology of flora and fauna, and reveres the flower might be man's proof, and it be a reason for the instinct to request "Beautiful the one and sublime the one" from space exactly.
It is the one that cannot be talked when the witnessing experience of becoming it unknown UFО also disregards man's original first instinct or space origin motive. It is the one that there is an existence value of man as the living thing that expresses infinite individuality that is not the machine only there.

 太陽崇拝という古代の「かたち」があります。考古学において巨石文化に見られる石の配置と天体の関連性が注目されています。ことに太陽との関連から、太陽を万物の源とする信仰が、このような太陽崇拝文化圏を形成したとも考えられています。古代人は太陽の運行を舟や車輪に例えて、円い形を舟の湾曲に載せた形式を「太陽の舟」を考案したり、太陽を引く馬車を想定したようです。
 また太陽崇拝は「正義の律法」をも産み出したようです。ハンムラビ王が太陽神シャマシュShamashより法典を授かる浮彫がみられます。これは、物理的に太陽光線が王の顔に当たって法典が生まれたとか、太陽光線が王を導いた、という具合に解釈すべきでしょうか。我々は太陽を拝せば、自然と律法や正義の概念が脳裏に生じるのかどうか、そこに謎があります。CBAは『古代オリエントの円盤』という論文において、太陽とは別に、小さな太陽とも言える動き回る物体の乗員が人々に律法などの恩恵をもたらしたので、太陽と同一視する神の概念が生じた、としています。「太陽の恩恵に匹敵する人格神がいたのだ」としたのがCBAの松村氏でした。
 この主張を傍証する古代の文があります。「Zend-Avesta」の一部です。「空にのぼり、地に降り、地に降り、また空の道に上るがごとく。かく上りて回り行け、その上りていや栄えんがためにアフラ・マズダの神はみ空の道を開き給えり。高くのぼり、回り行け、はやき馬に駕する日輪よ、」(土居光知著『古代伝説と文学』289頁より)
 これを読むと、太陽の運行を詩的にうたった、というより、空を自由自在に飛行するアフラ・マズダの姿が目に浮かびます。

RSS

© 2020   Created by 古谷 茂.   提供:

バッジ  |  問題の報告  |  サービス規約