仕組まれた明治維新と第一次世界大戦!ソ連を作ったレーニンはユダヤ人!実はヒトラーもユダヤ人だった!裏にはロスチャイルド一族!

World War One Tank

この記事は「【報道されない権力者】世界の真の支配者ロスチャイルド一族!彼らこそがこの世界の王だ!ナポレオン戦争で暗躍?その①」の続きですので、前の記事を読んでいない方はそちらから読むことを推奨します。

ナ ポレオン戦争やアメリカ独立戦争で武器を売ったり、株取引をしたりして、欧米の富を牛耳ったロスチャイルド一族が次に狙いを定めたのは、世界権力の完全な 支配です。そのためには、世界の権力を一元化して管理するための組織が必要不可欠なので、彼は世界の権力や流れをコントロールするための組織を作ろうとし ます。

しかしながら、欧米の富を独占したと言っても、ロスチャイルド一族はロシア方面の方までは独占することは出来ていませんでした。

1800年から1900年頃のロシア帝国は欧米とは仲が悪く、中東利権やアジア利権を巡って、イギリスやフランスと相次いで衝突をしていたのです。
これにはロスチャイルド一族が西ヨーロッパしか支配出来ていないという事も絡んでいたと言えるでしょう。

つまり、ロスチャイルド一族からしてみれば、世界を統一する前に、彼らの言う事を聞かないロシアをどうにかしないと不味かったわけです。そこで、彼らに目をつけられたのが「日本」でした。

当 時の日本は江戸時代末期。相次ぐ外国の襲来や天災により、国内情勢が不安定化していたので、ロスチャイルド一族はその隙を狙い、西日本の反幕府的な考えを 持っている方々を勧誘します。元々、西日本には在日朝鮮人街などの貧しい街が多かったので、お金や物資をチラつかせれば、簡単に動かすことが出来たようで す。


☆龍馬の黒幕

↓反幕府勢力への最大の武器支援者と言われるグラバー氏の石碑にはロスチャイルド家の下部組織であるフリーメーソンのマークが刻まれています。
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↓フリーメーソンのマーク。コンパスと定期。画像はwikiより
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☆とある写真
URL http://www3.ocn.ne.jp/~sigikain/meijisyasin.html

引用:
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その写真といっしょに頂いた文章を紹介すると

一葉の写真が伝わっている
慶応元年2月中旬から3月18日までの間に、長崎へ集結をかけられた各藩の勤皇党は、西郷南洲翁及び勝海舟と共に、世界の情勢に明るい、オランダ人宣教師フルベッキ博士を訪問した。
大隈重信・副島種臣ら門下生と共に、日本の統一をどうしたら良いか、王政復古は、どうなってゆくのかをフルベッキ博士を交え相互して議論し合った。
この写真は、写真術の祖、長崎大村出身の写真家、上野彦馬の写真スタディオでフルベッキ博士の子どもも交え、和やかな雰囲気で記念撮影されたものである。
明治28年に、この写真は、宗教家で歴史家でもある戸川残花が「太陽」に掲載したが、政界の一部の圧迫を受け、やむなく佐賀藩の学生達として紹介された。
このため現在まで分からなかったのである。
また、この写真は、宗教記録として、フルベッキ博士が所持し、絶対に手放さなかったものを、戸川残花の強い要望により借り受けたものである。
:引用終了

☆フルベッキの履歴
URL http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_40_1_furubekkico.htm

引用:
1869(明 治2)年、明治政府に招かれ上京、お雇い外国人となる。政府との契約が終了して元老院顧問を辞して民間人に戻るまでの1877(明治10)年までの8年間 を政府の政策ブレーンとして活躍した。日本在留中、オランダ国籍を失ったが、政府の許可を得て、日本人同様の特典が与えられた。東京でのフルベッキは多方 面で活躍した。

 この間、大隈らの推薦で開成学校の設立を助け、のち大学南校(東京大学の前身)の教頭となった。これにつき、太田龍・氏 の2006.3.26日付け「時事寸評№1628」が、「フルベッキを頂点とする、明治初年の数百人の御雇外国人は、ほとんどユダヤ=フリーメーソン 東 京帝大以下の日本の高等教育機関はフリーメーソンの巣であった」と題して次のように指摘している。(れんだいこ責編集)

 月刊「猶太(ユ ダヤ)研究」(国際政経学会機関誌)、昭和十七年十一月号、昭和十七年十二月号。ここに久留美山(筆名) 「高等教育に於けるユダヤ主義を排す」(連載 一、二回)と言う、計二十頁ほどの論文が掲載されて居る。この論文は、立花隆著「天皇と東大」(文藝春秋社)、と言う近刊大著を読むに当って、是非、参照 されなければならない。

 「明治初年大学南校以来フリーメーソンの支部のような格好になって居る」。

「明治5年から皇国の教が負けて西洋崇拝の教育となって居る。つまり明治初年数百名の御雇外人は英米独仏等の国籍には分かれて居たが大部分ユダヤ人でありフリーメーソンであって内心は一体となり日本をインドやマレーのやうにユダヤ人の奴隷国とする考えであったのだ」。
:引用終了

☆日本人が知らない日本
URL http://thinker-japan.com/thinkwar.html

引用:
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この歴史に残る一大事件を成し遂げたのは、地方の侍でした。
おもに薩摩藩・長州藩・土佐藩など地方の下級武士たちです。

中でも代表的な維新の三傑といわれるのが、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(旧名:桂小五郎)ですが、当時、敵対していた両藩を結びつけたのが坂本龍馬であるとされています。

この両者が結び付いた軍事同盟である薩長同盟の結果、倒幕運動が功を為し、明治維新に至ったとされています。今でも語り継がれる坂本龍馬による大手柄です。しかし、実際には……。

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その背後にトーマス・グラバーというイギリスの武器商人の存在がありました。

グ ラバーは、ロスチャイルド家の系列会社であったマセソン商会の社員として中国の上海に派遣され、その後、日本代理人として長崎に赴任し、グラバー商会を設 立します。来日当初は、生糸や茶の卸売をしていましたが、幕末の混乱に着目して薩摩・土佐藩士など倒幕派を相手に、武器や弾薬を売り始めます。 

当時、幕府に敵対していた長州藩は、長崎のグラバーから武器を買うことを幕府から禁じられていました。そこで、龍馬はグラバーから分けてもらった武器を薩摩藩名義で、長州に流すことで両者を和解させることに成功したのです。

実のところ、これは龍馬を使って薩長を結びつけ、その後、両藩を支援して幕府を転覆させるというグラバーの計画でした。

また、それ以前にも敵対していたとされる薩摩藩の五代友厚や長州藩士の伊藤博文など、両者ともに交流のあったグラバーは、彼らにイギリス留学を斡旋し、当地で交流させます。

つまり、龍馬が両者をつなぐ前に海の向こうではグラバーの仲介で、薩摩と長州はすでに結びついていたのです。

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な かでも、グラバーの手引きによりイギリスに密航し留学した長州藩の5人の若者たちは「長州ファイブ」または「マセソンボーイズ」と呼ばれました。というの も、今の価値で10億円とも推測される彼らの留学費用の大部分を負担したのはグラバーの勤めるマセソン商会の社長、ヒュー・マセソンその人だったからで す。

さらにヒューマセソンの上には、世界一の金融王ネイサン・ロスチャイルドの息子であるライオネル・ロスチャイルドがいました。
ライオネルやマセソンにかわいがってもらった5人の若者たちは日本に帰り、明治新政府ができた後、日本の最高指導者となります。

いわば、ロスチャイルド家当主の子分であった若者たちによって、明治の日本が作られていたわけです。


明治維新をロスチャイルド家の視点からみてみるとこうなります。

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:引用終了


ロスチャイルド一族はそこに狙いを定め、徹底的に支援し、最終的には明治維新で江戸幕府をひっくり返すことに成功します。
でも、ロスチャイルド一族の本命はあくまでもロシアなので、その後も日本とロシアが戦うように誘導を続け、遂に1904年(明治37年)2月8日に日露戦争が開戦。

同時にロシア国内に待機していたロスチャイルド一族の関係者や雇われ部隊が一斉に蜂起。これは教科書などに第一次ロシア革命として記載される大事件となりますが、この第一次ロシア革命ではロシアを乗っ取ることに失敗します。

そこで、ロスチャイルド一族は欧州の反対勢力なども一掃するために、かつて無いほどの戦争を仕込みました。それが第一次世界大戦だったのです。

第一次世界大戦により、日露戦争や相次ぐロスチャイルドの傭兵部隊で疲弊したロシアの体制は完全にひっくり返り、共産主義国家ソ連が誕生。更には、世界大戦のどさくさに紛れ、彼らの念願だった世界を管理するための組織である国連もアメリカに創設させました。

その証拠にロシアで革命運動をし、ソ連の初代指導者になったウラジーミル・レーニンの祖母はユダヤ人ということが数々の資料から判明済みです。


☆元ソ連外交官が語る「ロシア-ユダヤ闘争史」の全貌
URL http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb500.html

引用:
日 露戦争当時、ユダヤ人たちは「ロシア政府の敗北」というスローガンを掲げて革命運動を展開した。このスローガンによって、ユダヤ人の革命家たちは、ロシア 政府の敗北を望む日本やアメリカから革命資金を導入することを容易にもしたのである。日本の資金力はそれほど大きなものではなかったため、主にアメリカの 資本が投入された。アメリカの大資本家であり、アシュケナジー・ユダヤ人であるヤコブ・シフが、ロシアのアシュケナジー・ユダヤ人の革命家たちに多額の援 助を与えたことは知られている。

こうして第一次ロシア革命の嵐がロシア全土を襲ったが、1906年5月、ロシア政府はストルイピンを首相とする新政府を構成した。

こ のストルイピンという人物は、民族主義者・国家主義者であったため、強固な反ユダヤ的な政策をとって革命運動を鎮圧していった(そのためレーニンもジュ ネーブに亡命している)。ストルイピンは「強いロシアをつくろう」というスローガンを掲げて、今日のロシアの「改革」とはまったく異なる、ロシア人による ロシア人のための政治・経済改革を進めていった。

ストルイピンが暗殺されると、ユダヤ人たちはもう一つの革命の準備に入った。1917年11月6日の「10月革命」である。

こ の10月革命はユダヤ人による革命であった。これは疑いの余地がない。いうまでもなく、革命を指導した者のほとんどがユダヤ人だからである。10月革命の 前に、トロツキーをリーダーとする70人のユダヤ人グループが、ニューヨークからやって来ていた。アメリカのユダヤ人資本家ヤコブ・シフは、このトロツ キーのグループを支援していた。

そのときロシアは、ドイツとの戦争の真っ最中であった。第一次世界大戦である。ドイツの方面からも、レーニンのグループがロシアに入った。このグループもまた、ほとんどがユダヤ人だった。10月革命は、アメリカとドイツの金によってユダヤ人が実行した革命であった。


レー ニンは、政府の官僚として誰を起用するかをじっくりと考える必要はなかった。当時は戦争中だったので、西側からユダヤ人が続々とロシアの中央に移って来 た。ソ連の新政権にユダヤ人は約150人参加した。そして、政府のトップ・クラスの人々はすべてユダヤ人であった。政権内部のロシア人は2~5%ときわめ て少なかったのである。

レーニンの祖母はユダヤ人だった。レーニン自身がユダヤ人とのハーフだったのである。ロシア10月革命後の新政権では、そのメンバーのうち99%をユダヤ人が占めていた。しかし、アメリカとドイツからロシアにやって来たユダヤ人たちは、革命家、あるいは共産主義者であり、ほとんどがユダヤ教を信仰していたわけではなかった。

そ の頃のユダヤ運動には2つの流れがあった。1つは共産主義である。共産主義者、革命家たちはユダヤ教を信奉しない。もう1つはシオニズムである。シオニズ ムとは、ユダヤ教徒が自分たちの宗教本部であるエルサレム(シオン)を中心として、自分たちこそ世界を支配しなければならないとする思想である。そのよう な人々をシオニストという。
:引用終了
 

ただ、ロスチャイルド一族は目的を第一次世界大戦で達成することは出来ませんでした。第一次世界大戦でロシア打倒は成功し、ロスチャイルド一族の思想を受け継いだソ連が誕生しますが、国連の方は強い権限が何も無く、文字通りのハリボテ状態です。

そこで、ロスチャイルド一族は第一次世界大戦よりも桁違いに規模の大きな戦争を起こし、その戦争を口実に強い権限を国連に与えようと計画します。それが第二次世界大戦でした。

第二次世界大戦のキッカケを作ったヒトラーというのは、ロスチャイルド家側が送り込んだ人間と言われており、実際にDNA鑑定などでもユダヤ人だと判明しているのです。


☆ヒトラーの先祖はユダヤ人だった!?DNA鑑定で明らかに(ドイツ研究)
URL http://karapaia.livedoor.biz/archives/51758284.html

引用:
DNA tests reveal 'Hitler was descended from the Jews and Africans he hated'

  ジャーナリストのジーン・ポール・マルダーズ氏と歴史学者のマルク・フェルメレン氏は、ヒトラーの親族39人からDNAを採取し検査を行った。その中に は、ヒトラーの甥の息子、現アメリカ人のアレクサンダー・スチュアート・ヒューストンや、ヒトラーの従兄弟である現、オーストリア人のノルベルトH.のも のなどが含まれていたという。

鑑定したDNAの中に、Y染色体ハプログループのE1b1b系統が含まれていることが判明。この染色体は、北アフリカを起源とするもので、ユダヤ人には含まれているものの、ドイツ人やオーストリア人にはほとんど含まれていないものなのだそうだ。

 現在、この染色体はを持つ人種は、モロッコのベルベル人やアルジェリア、リビア、チュニジアなどに暮らす人々、そしてユダヤ人なのだと、フェルメレン氏は語る。

ヒトラーが実はユダヤ人の血統を持つのではないかという説は昔からあった。ヒトラーの父アロイス・ヒトラーは私生児であり、父親はユダヤ人であるという噂は、1930年、ナチ党が大政党に躍進したときに、マスコミの手によって大々的に広められた。

 実際ヒトラーも、この噂に疑惑を抱き、当時のナチ党法律局長のハンス・フランクに、自分の血統を念のために極秘に調べてくれと頼んだそうだ。結果はやはり、父親は私生児だったそうで、今回のDNA鑑定はこの説を裏付ける形となってしまったみたいなんだ。
:引用終了


第 二次世界大戦について書くと相当長くなるので、今回はここまでとさせて頂きます。何時になるかは分かりませんが、近いうちに続きの記事を投稿する予定で す。ロスチャイルド一族の歴史シリーズは、最終的には東電や福島第原発事故などにも繋がるので、今後も楽しみにしていてください。


あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン

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