GFLJ先史文明探検チーム

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GFLJ先史文明探検チーム

今回の笠置山を探検して思いついたことです。

銀河連邦日本・全国の各ブロックごとに、古代文明や地球外文明の探検チームを作りませんか? メンバーの皆さんが古代文明や地球外文明の痕跡に直接触れることにより、各自、より一層の波動上昇「ハイヴァイブレーション」になり、E.T. 地球外生命体との接触もしやすくなるのではないでしょうか。

古代文明遺跡を訪れたときは、瞑想や祈りも合わせて行えますから、皆さんも波動が上昇し、合わせて地球と宇宙の歴史も学ぶことができます。

広くメンバー皆さんのご意見をお聞かせください。よろしくお願いします。 ☆SV★

メンバー: 9
最新アクティビティ:12 月 6, 2016

失われた大陸伝説ーアトランティスとムー

ジェームズ・チャーチワードの伝えるムー大陸伝説を要約すると次のようになる。  

太平洋の真ん中にあったムー大陸で初めて人類が誕生した。そのため、クイの国とも呼ばれた。蓮の花が咲き乱れ、美しい蝶々や蜂雀が乱舞し、陽光燦々と照り輝くエデンの園そのものであった。 白人種が中心であるとはいえ、黄色、褐色、黒色の人種が、子どものように安心してくらしていた。 人口は6400万、十の種族にわかれたいたが、天地創造主神(象徴として太陽神)に仕える最高の神官、法王のラ・ムーを中心に一つの政府で統轄されていた。学問文化の中心であった七つの聖都を中心に高度な文明を発達させ、宗教はただ一つの天地創造神をあがめ尊び、町々の神殿では明るい陽光の中、祈願する人々の姿がいつもみられた。

ムー大陸伝説

この動画がよくまとまっています。【東洋人とポリネシア人はムー(レムリア)文明の子孫である】のは、もはや確かだといえます。

ただ、その中で日本の位置づけがまだはっきりとしていないと思います。

私は、太古日本の天皇が世界各地を統治していたのだと推測しています。

古代から文化が洗練され、世界が原始的な文明だった時期に高度な縄文文明が日本に栄えていたことがその根拠です。

先史文明研究

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7:53pm の 8 月 21, 2012 にある STAR VISITOR のコメント

浅川嘉富氏の定期的講演会9月のテーマは「宇宙人が伝える人類誕生の真相とその後の歩み」これは面白そうです。 札幌~福岡まで、全国各地で行われます。

http://www.y-asakawa.com/

 

7:45pm の 8 月 21, 2012 にある STAR VISITOR のコメント

44古代文明・日本の巨石文明・海底文明・遺跡・オーパーツ。先史文明と言えば、浅川嘉富氏のホームページも参考になりますが、こちらも合わせてご覧下さい。初心者にもわかりやすく解説されています。

http://www.z-plaza.com/html/contents45.html#4033

 

1:14am の 8 月 16, 2012 にある STAR VISITOR のコメント

先日訪れた恵那市岩村町の岩村城址は、密林の中に眠る古代神殿のようなイメージでした。誰もがこんな山の中にお城があるとは思いません。次回は下から歩いて、さらに探索してみたくなりました。

5:55pm の 8 月 15, 2012 にある STAR VISITOR のコメント

能村さん 「超古代文明のサイト」のご紹介ありがとうございます。私は各地のオーパーツに関心を持っています。 まず最初は、岐阜県を中心とした近郊の先史文明探究からスタートしたいと思います。

9:08am の 8 月 15, 2012 にある fukuda katsuhisa のコメント

親愛なるメンバーへ

 

 宇野正美先生の講義を父親に誘われて

 小学校時代からよく聞いていました。

 

 ユダヤに関しては第一人者だと思います。

 去年の10月の大阪公演も行きましたが

 過去の講演内容のほうが詳しいかと思います。

 

 ご参考にされてみてはいかがでしょうか?

8:42am の 8 月 15, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

天橋立の付け根、宮津市字大垣にある籠(この)神社の名前の由来について、ポリネシア語の中のハワイ語の「大きな船」という言葉に由来するのではないかとする新説を、仏教大学文学部の黄當時教授が宮津市で開かれた京都地名フォーラムで発表されました。
 籠神社は、天照大神が伊勢神宮へ移られる前に御祭りされていたことから、元伊勢・丹後一宮とも呼ばれていますが、籠神社の名前の由来については古伝承により、祭神の彦火明命が竹で編んだ籠船に乗って、海の彼方の海神の宮(竜宮)に行かれたという故事に因んだものと伝えられています。この古伝承からも籠(この)は船に関係する事に由来しますが、黄當時教授は、東海大学元教授・茂在寅男氏の説である、古事記や日本書紀の中の速く走る船「枯野」や「軽野」はアラワク語のカノーや英語のカヌーと関連するとの説に関心を持ち、言語学の立場から研究して、ハワイ語で「コ」は「船」を意味することから、「コノ」は古代ハワイ語で「大きな船」を指すと推測されたようです。
 確かに、籠「この」、「コノ」、「カノー」、「カヌー」、枯野「かのー」と船に関連して全てがリンクしているように思えてきました。古代日本語は広くポリネシア系の古語や中国語、タミル語などから日本の海人族を介して伝わって来たのでしょうか。
 ちなみに日本書紀に出てくる「枯野」と呼ばれる高速船を作った工場後を祭ったとされる「軽野神社」は伊豆市にあります。

 丹後 一の宮「籠神社」の公式HP

http://www.kyt-net.jp/~tangotankentai/kono.htm

8:39am の 8 月 15, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

8:16am の 8 月 15, 2012 にある 古谷 茂 のコメント

熊本でアイヌ語が関係する名称といえば、真っ先に思い出すのがチプサン (tibusan)古墳である。私のHPのトップページを飾っている写真である。古墳の壁画のキャプションにも書いたように、考古学者は古墳名「チプサン」を女性の乳房(チブサ tibusa)からつけられた名前だと述べている。

古墳のメインの壁画は、トップページに掲載した絵柄を見れば分かるように、そこには7機のUFO(空飛ぶ円盤)を迎えている冠をかぶった王の姿が描かれており、それは女性の乳房とは全く関係がない絵柄だ。ところが、古墳名がアイヌ語の名称であるとすれば、 古墳名の納得のいく説明が出来るのだ。

先日、北海道の白老(しらおい)にあるアイヌ民族博物館を訪ねた際に、アイヌ人の方に「チプサン」というのはどういう意味でしょうかと、尋ねたところ、それは「船を降ろす儀式」を意味する「チプサンケ(chipusanke)」のことではありませんか、きっと長い歴史の間に「チプサンケ」の「ケ」が抜けてしまったのだと思いますよと言われた。

「チプ」はアイヌ語で「船」を意味し、「サンケ」は降ろすとか降臨させるという意味である。冬の間陸に揚げておいた丸木船を、春になって漁をするため海や湖に降ろすのだが、その時に執り行う儀式が「チプサンケ」、つまり、「船を降ろす儀式」というわけである。そう考えると、壁画の絵は、まさに「チプサン(ケ)」(宇宙船を地上に降ろす(着陸)させる際の儀式)そのものではないか。

読者の心眼は、学者先生の説く「乳房説」と私の言う「船降ろし儀式説」と、どちらを選ばれるだろうか?

アイヌと琉球人の源流

5:26am の 8 月 15, 2012 にある Hatty☆ のコメント

本当の地球と宇宙の歴史に触れ、それを伝えていける人となりたいです。(^▽^)

どうぞ宜しくお願い致します。

10:56pm の 8 月 14, 2012 にある STAR VISITOR のコメント

龍聖さん 私はアイヌの文化については知識が浅いので、これから学ばさせていただきます。それにしてもアイヌのシャーマンの方、私もいつかはお会いしたいですね。☆SV★

 

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